12-7


 検問所を出て、東へ。


 検問所とエッベとの中間に、帝都方面へ行く道と中部方面へ行く道とで分かれ道になっている。

 ここはそこそこ大きな町。

 ここから中部へ向かう。


 まずは竜の鱗を売る。

 

 七千より下はない、とウィル様は言っていたけど…。


「七千切らなきゃ買わないぜ」

「これ以上は下げれないわ」

「そうかい、じゃあ他行きな」


 なんなの?

 どこの商人も七千以上じゃ買わないって…。


「運が悪いな、あんた」

「はあ?」

「ちょっと前に大口の買い手がいてな、その時はあんたぐらいの竜の鱗でも、八千近くで売れてんだ」

 

 そんな事があったなんて…。

 そんな事わたしは知らないし、運が悪いとかじゃないでしょ。


 竜の鱗は相場の変動が激しいのだとか。


「今は落ち着いて、値下がりしちまったよ」

「そう…」

「値上がるの待つか、金が必要なら売っちまった方がいいぜ」

 待つ時間なんてない。

 旅費が尽きかけているんだから。


 今日までは、ウィル様に貰った分と自分が余らした分とでなんとかやりくりしてきた。

 だけど…もうさすがに…。


「エッベまで行くって手もあるぜ」


 エッベまで行くお金がないっての…。


「ギリギリなのよ…。ここで売るわ」

「そうかい?六千八百だな」

「六千九百!」

 わたしは商人を睨みつける。

「ふっははは!分かったよ。それでいい」

「ほんと!?ありがとっ」


 七千では売れなかったが、やむなし…。


「取引成立だな。ほら、金だ」

 わたしも竜の鱗を渡し、お金を受け取る。


「うわぁ…」

 お金が入ってる麻袋の中を見る。


 銀貨…。

 持ち歩くのは、いいとこ大銅貨なのに…


 銀貨は小銀貨と大銀貨がある。


 小銀貨は五百ルグ、大銀貨は千ルグ。


 今回、受け取ったのは、大銀貨三枚と小銀貨六枚。あとは銅貨。


 お金は全ての鞄に分けていれた。底の方に。

 どうにも落ち着かないわ…。


 必要な物を買い揃え、周囲に気をつけながら、別れ道を中部方面へ。


 道を進み、フランノンに到着。

 シュナイツを出発して二週間くらいかな。


 いつもなら、二週間以上確実に掛かってはず。

 日雇い等などでお金を稼がないといけないから。

 やっぱり、お金に余裕があると違うわね。

 

 フランノンに来るのは久しぶり。


 ここは盆地の中央にある町。

 

 シュナイツに似てるけど、平地の広さはシュナイツの何倍もある。

 町の西から東に川が流れている。


 フランノンは、周囲の村や集落から売買の為に人出は多い。


「まずは宿っと」

 まだ日は高いが、宿は確保しておく。

 

 さて、どうするか…。

 

 露店で買ったサンドイッチを頬張りながら考える。


 フランノンで会いたい人物はいるけど、以前会った時の印象が悪くて、正直気が乗らないような…。

 父の事は聞きたいんだけど…。


 迷っているうちに、雨が降り出した。

 宿屋の部屋で様子を見る。


 雨で足止めなんてよくあること。

 宿を確保してあればいいんだけど、木の下で濡れたまま佇むこともある。

 宿は宿で宿代がかさんじゃうから雨は嫌い。


 今回は旅費には余裕があるので、宿代の心配はしなくていい。

 でも、節約したいから雨は止んでほしいな。

 馬も別料金で預かって貰ってるし。


 雨は翌日も降り続く。


「参るわね…もう…」

 

 天気ほど怒りのぶつける先に困るものはない。


 小降りになったところで、部屋を出た。


「お客さん、出るのかい?雨ですよ」

「ちょっと用事あるの。とりあえず明日までいるから、先に宿代を払うわ」

「毎度どうも」

 宿代を払い宿を出る。 


 荷物は全て持った。お金と手紙以外は盗まれても大丈夫だけど、盗まれたくはない。 

 

 行き先は、マックスに教えてもらった父の部下だったという人物。

 会うのは二回目。


 町外れの小さな家。平屋で裏庭があるっぽい。


 さて、今回はどうかしらね…。


 玄関のドアを叩く。

 …反応がない。不在かしら?。

 と、思ったら、中から物音がする。


 ドアが開き、男性が顔を覗かせる。

 髭面の強面。

「誰だ?」

「こんにちは。以前、お話を…」

 わたしを見た途端に眉間にシワを寄せる。

「お前に話すことなど、何もない!」

「待ってください!」

 締まりかけたドアを手で抑え、つま先をドアの隙間に入れた。

「何をする!貴様…女でも容赦はしないぞ」

 右手には、鞘に収まったままだが剣を持っていた。


「手紙を、マックスからの手紙を呼んでください!」

 わたしを手紙を取り出し見せる。

「マックス!?」

 彼は驚き、手紙を素早く取り上げた。


「これはマクシミリアン様の筆跡…なんと!妹君!」

 彼は手紙とわたしを交互に見る。

「これに見覚えがあると思います」

 わたしは腰のショートソードを見せる。

「それは…」

 彼は大きく深呼吸する。わたしへの警戒感がなっていた。

 そして、わたし越しに外を慎重に見回す。

「怪しい者はおりませんでしたか?」

 口調が変わってる。

「え?、ええ。いない思います」

 わたしは振り返ろうした。

「いや、そのままで…」

 慎重過ぎるほどに外を警戒していた。


「ご不便でしょうが、裏手に回っていただきまでしょうか」

「裏手ですね」

「勝手口がございます。そこから中へ入ってください」

「分かりました」

 そうしなければいけないみたい。

「周囲に注意してください。怪しい者を見たら、玄関へ戻ってきていただきたい」

「はい」

 しつこいくらいの慎重さ。


 家の裏手に回る。怪しい人影はない。

 やっぱりに庭があった。小さいけれど、花が咲いている。


 玄関の反対側に勝手口がある。


「ここね」

 

 一応、ノックをしてから中へ入った。


 家の中は質素な作り。

 奥から彼が現れ、片膝をつく。


「え?…あの…」

「自分はヨアヒム様の部下ベルガ・グランデと申します」

「はい…。あの、立って話しませんか?」

「いえ。このままで」

 そ、そうですか…。


「お嬢様とは知らず、とんだご無礼を。申し訳ございせん」

「お気になさらずに。知らなかったんですから」

 お嬢様…。


 お嬢さんとは呼ばれた事はあるけれど、お嬢様なんて初めて言われた。


 ベルガさんは片膝をついたまま、頭を下げ続けている。

 

 わたしは家の中を見回す。

 テーブルと椅子を見つけた。


「椅子に座って話しをしましょう」

「自分はこのままで構いません」

 なんて強情な人。


「わたしがそうしたいんです。あなたもそれに習ってくださいっ」

 少し強い口調で、そう言った。

 彼は驚きの表情でわたしを見上げる。

「おねがいします」

「ご命令とあらば」

 命令って…。

 

 わたしとベルガさんはテーブルを挟んで向かいあうように座った。


 何から話せばいいんだろう?。


「失礼ではございますが、ショートソードをもう一度、見させていただきますか?」

「あ、はい」

 わたしは腰からショートソードを取り、テーブルに乗せる。

「失礼致します」

 彼は少し震える手で丁寧にショートソードを取る。

 そして、隈なく眺める。グリップの紋章も確かめた。


「これは確かにヨアヒム様の物です」


 ゆっくり丁寧に返してされた。


「これをどこで?」

「はい…」


 わたしはわたしの事情をベルガさんに話した。

 彼は頷き、時に涙を浮かべながら聞いていた。


「…という訳で、このショートソードを手に入れました」

「承知致しました」


「よくぞ、生きておられた。そして立派に成長してくださった」

 ベルガさんは目を押さえる。

「マクシミリアン様とソニア様、お二人のご成長をヨアヒム様も喜んでおられるでしょう」

「はい…」


 …だと、いいのだけれど。

 ショートソード持って一人旅する女性で喜ぶかしら?。


「今日、ここに来たのは聞きたい事があったからです。前回は門前払いされてしまって…」

「申し訳ありませんでした。何なりとお訊きください」

「はい。ありがとうございます」


「父の事を教えてください」

「ヨアヒム様の事ですか…。長くなります…それに辛い話もございますが?」

「構いません」

 わたしはベルガさんを真っ直ぐに見つめる。

「…分かりました」

 彼は大きく息を吐く。


 わたしはベルガさんの話に耳を傾けた。


Copyright(C)2020-橘 シン

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