12-8


 ベルガさんの話は、父との出逢いから始まる。


 このあたりの話は、本当に長いので省略。


 話は帝国が王国へ侵攻するに変わる。


「ヨアヒム様は王国への侵攻は反対でした」

「ですが…」

「はい。当時、ヨアヒム様は参謀として作戦の立案に立ち会っていました」

「反対したままで?」

 彼は頷く。

「参謀とはいえ、軍組織の一員。決定した命令には従う。やりきれなかったと思います」

 基本的に真面目な方でしたから…。とベルガは話す。


「ヨアヒム様は戦争を早期に終わらせる為の作戦を考えたのです」


 戦争を回避できないのなら、早く終わらせるようと…。


「奇襲作戦により王国内部、王都まで一気に侵攻し攻め落とす…。無謀な作戦」


 ベルガさんをはじめ竜騎士達は無理だと思っていたと話す。


「父も分かっていたのでしょうか?」

「もちろん分かっていたはずです。ですが、立場上止めることもできず…」


 斯くして戦争は始まってしまう。


「ヨアヒム様は最前線で指揮を執り、王国へと攻め込んで行きました」


 破竹の勢いで王国兵を蹴散らし攻め込んで行く。


「正直、驚きました。ヨアヒム様が考えた作戦が見事に嵌る」


 しかし、父は驚かなったという。


「想定内だったそうで、喜ぶ兵達を一喝された」



「馬鹿者!!二、三度の勝利ではしゃぐな!」



「珍しい事でした。普段、温厚な方で怒鳴る事などほとんどしないヨアヒム様が一喝…この作戦にかける意気込みを感じました」


 帝国軍の快進撃は少しづつ衰いはじめる。


「戦線が長くなるとその維持に兵や食糧その他が必要なってくる。最前線に送り込む戦力が明らかに足りなっていきました」


 帝国軍は王都を三方向から攻める為に戦力を分散しなければいけなかった。

 分散すれば個々の戦力は減る。しかし、それを補うだけの戦力は望むべくもない。



「ベルガ」

「はい」

「どう見る?」

「どう、と言われましても…」

「正直に言ってくれ」

「ここで分散させるのは良い策ではないと思います」

「…」

 私は怒られると思ったのだが…。

「だろうな。俺もそう思う」

「え?」

「驚く事じゃない。誰に聞いたってそうだ」

 ヨアヒム様は作戦図を見ながら腕を組む。

「俺の予想では単純な戦力では向こうが上」

「はい。しかし、練度はこちらが上。総合的な戦力では拮抗している」

「ああ。そこで奇襲作戦で一気にと思ったのだが…最近、向こうの統率力上がってないか?」

「それは確かに…引き際がいいと思います」

「だろ?。実は今…」


「ヨアヒム様。情報部の者が報告したい事があると」

「いいぞ、入れ」

 入ってきた情報部の将校は荒い息だった。


「頼んでおいたやつか?」

「はい…はぁ、はぁ…遅くなって申し訳、ありません…はぁ」

 将校は竹筒をヨアヒム様に渡す。

「いやいや、よくやってくれた」

「はい…引き続き調査中ですので…また報告を」

「了解だ。無理を頼んですまんな。もういいぞ、休んでくれ。食事もしっかりとるんだぞ」

 ヨアヒム様は将校の肩を叩く。

「はっ。それでは失礼します」


 将校が去った後、竹筒の中の紙を取り出す。

「何を頼んでいたのですか?」

「敵の統率力について調べてもらっていた。内々にな」

「内々?正規の手順ではなく?」

「正規の手順を踏んでいたら、時間がかかるからな。申請やら検討やら許可などでな。知り合いがいるから、ちょっと無理言ってやってもらった」

「後で、面倒な事になりませんか?」

「大丈夫だ。貸しがあるから、うまい事やってくれるさ」

「そうですか。して、その内容は?」

「うむ…やはり優秀な指揮官がいるようだ」

 ヨアヒム様から紙を受け取る。

「レオン・シュナイダー?これが指揮官の名前」

「ああ」

「指揮官一人程度で変わるでしょうか?」

「実際、変わっている」

 ヨアヒム様は眉間にシワを寄せる。


「この戦い、厳しくなるぞ…」



「この少し後、初めて作戦が失敗…。失敗の詳報を聞いたヨアヒム様は、見事だレオン・シュナイダー…と」

 父は悔しがるのではなく、シュナイダー様を称えた。


「確かシュナイダー様も同じくらいの時期に父を意識している記述が日記ありました」

「そうですか…。竜騎士同士、何か引き合う運命にあったのかもしれませんね」

「はい…」


 その後、帝国軍は負け込み、撤退戦へと移行する。

 そして、国境を挟んで長期に渡り膠着。

 

「そして停戦協定が結ばれ、多くの犠牲を出した戦争が終わりました」


 父は功績を認められ総司令官になる。


「戦争には勝てなかったのに昇進するものなんですか?」

「確かに勝ってはいません。しかし、負けてもいない。それに撤退戦、膠着状態でも少ない被害で済んでいます」

「なるほど」

「それから、誰か功労者を設けなければ、戦争を起こした意味がないかと。ヨアヒム様は嬉しそうではありませんでしたね」

「担がれた?」

「そういう事でしょう…。でも私は嬉しかったです」

 ベルガさんは笑顔で頷く。

「尊敬する上官ですから」

「ベルガさんはどうだったんですか?」

「昇進はしました。ですが、大して給料は変わらず」

 彼は苦笑いを浮かべる。


「戦時中、父とシュナイダー様が出会った話はご存知ですか?」

「おお!それをご存知でしたか」

「シュナイダー様が日記に書かれいました」

「そうでしたか。中々、,興味深い話でだったでしょう?」

「ええ。二人共、肝が座っていて」

「はははっ。今思えば笑い話ですが、当時は皆が浮足立っておりました。ヨアヒム様が行方不明になったのですから。しかし、本人はケロリしておられた。実は、自分もヨアヒム様を発見したその場にいたのです」

「え?じゃあ、シュナイダー様も見たんですか?」

「ええ。しかと見ました」

 ベルガさんは大きく頷く。


「シュナイダー殿を見つけ、焦る我らを尻目に帰るぞ、と。誰もいない、私だけだと」

 彼は大きく息を吐く。

「上に報告もしませんでした」

「してたら、大変は事になっていたのでは?」

「なっていたでしょうな」


 ベルガさんは、父からシュナイダー様の出会いを聞いたという。


「ヨアヒム様は楽しそうに語っていました」

「それがきっかけで戦後も交流が続いた」

「はい。一度、シュナイダー殿と話をした事があります。自己紹介程度ですが」

「へえ」



「こいつは部下のベルガ」

「はじめまして。ベルガ・グランデと申します」

「うむ」

 緊張しながら握手をする。

「正確には、初めてじゃなくあの小川でお前を見てる」

「ほお、あの時いたのか」

「はい。緊張したの覚えています」

「はははっ。緊張ではなく殺気だっていただろう?状況が状況だしな」

 笑いながら、肩を叩いてくる。

 こっちは敵国の将との対面で緊張してるというのに、シュナイダー殿はそんな素振りは一切見せなかった。



「肝が据わったお方でした」

「それは父も」

「ええ。天性と経験からくるものなのでしょう。お二人とも、お互いに自分に似てる部分があるからこそ、親友になれたのだと思います」


 父とシュナイダー様の交流は続く。


「そして、マクシミリアン様とソニア様がお生まれになったのです」


 ベルガさんはここで一旦、話を止めてお茶をいれてくれた。


「ありがとうございます」

 わたしは一口紅茶を飲む。


「ヨアヒム様は大変喜んでいたのですが、喜んでいられる状況ではなくなったのです」


 帝国内の政情が不安定になっていった。


 強硬派と穏健派のバランスが崩れ、強硬派に傾きつつあった。


「ヨアヒム様は穏健派。軍を統括する総司令として軍を抑えていましたが…強硬派の筆頭、元老院議長ザイレム・ゲーゲンバウアーがすこしづつ外堀を埋め始め…」


 情勢は停戦から再侵攻へと変わっていく。


このあたりはシュナイダー様の日記にも書かれていた。


「ザイレムが家族に手を出すのでないかと危惧されたヨアヒム様は、お生まれなったお二人を離し隠したのです」


「会う事も最小限にされて…。お二人を守る為とはいえ、ヨアヒム様は父親として失格だと嘆いておられました」

「それが最善策だのでしょう…」

 

 親として最善策を取った…。

 その結果が今だ。

 わたしは親を知らずに育ち、今ここにいる。


「とうとう再侵攻が決まります。ヨアヒム様は戦争を回避するために、一計を案じたのです」

「シュナイダー様との決闘…」

「…そうです」

 ベルガさんは眉間にシワを寄せ、ため息を吐きながら頷く。



「お止めください!ヨアヒム様!」

「これしかない。これだけが家族を守る唯一の策」

「ご家族を守れても、ヨアヒム様が亡くなられては意味がないではありませんか」

 

 反対したの私だけではない。多くの部下、特に前戦争を生き抜いた竜騎士達が反対した。


「皇帝陛下は約束してくれた。後はレオンが承諾してくれれば…奴なら分かってくれるはずだ…」


 そして…。



「ベルガさんは目の前で見ていたんですよね」

「はい…。見たくはなかった…しかし、ヨアヒム様の最後を勇姿を目に、心に焼きつけなければと…」

 彼は目を拭う。


「シュナイダー様も、さぞ辛かったに違いありません。明らかに剣に迷いが有りました」


 決闘は父の死という形で終わる。


 帝国は兵を引き、再侵攻はなくなった。


「わたしは父の事を調べ、決闘の話を聞いた時、シュナイダー様を恨みました」

「お嬢様!それは違います」

「ええ。分かっています。この理不尽さをどこにぶつけていいのか分からず…シュナイダー様を仇とまで思ってしまいました…」

「…」

「後見人で多大な恩があるというに…」


 わたしは人として最低な事をしてしまった。


「心中お察し致します…。恨むべきはシュナイダー殿ではなく、元老院議長ザイレムです」

「ザイレム…」

「あいつこそがヨアヒム様の仇。前戦争も再侵攻も奴が仕組んだ事。あいつさえいなければ…」

 ベルガさんは歯を食いしばる。


「ザイレムがお父さんの仇…。そいつはまだ議長を?」

「はい」

「奴が…父の仇…必ず」

 わたしは両手を強く握る。


「お嬢様、早まってはいけませんぞ。奴とて人。永遠に生きる者などおりません」

「だから、何もするな、と?」

 彼は頷く。

「お気持ちは十分に、十分過ぎるほどに分かります。ですが、奴は私兵を何百人と抱え、警備は厳重です。それに加え、身辺警護に吸血族まで雇っているのです」


 そこまで…。


「だけど…」

 わたしだけじゃない。シュナイダー様だって…。

「もし、あなた様に何かあったら、ヨアヒム様の死が無駄になってします。どうか、ご自重ください」

 ベルガさんは深々と頭を下げた。

 

「分かりました」


 ベルガさんの言う通り、父の死を無駄にしてはいけない。


 でも、いつか報いを受けさせる…。



Copyright(C)2020-橘 シン

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