12-6


「そう」

 わたしの言葉を聞いた彼は、笑顔で頷く。


 それだけの反応。


「そのショートソードを手に入れた経緯を知りたい」

「経緯…」


 言いべきかどうか、迷った。


 彼が本当にヨアヒムベルファストの息子だとしたら、肉親だ。

 肉親なら言っても大丈夫だと思うが、もし違っていたら…。


 ヴァネッサ隊長が自分の事を口外しないほうがいいと言っていたけど…。

 

 彼の落ちついてる様子。

 わたしを知ってる…。

 他人じゃない。ヨアヒム・ベルファストの子同士なんだ。


 彼は信用出来ると、直感的思った。わたしの心が、そう言っている。


 わたしは自分の事情を説明した。

 

 両親の顔を知らず、住処を転々して王国に行き着いた。

 シュナイダー様が後見人だということ。

 寄宿学校に行っていた事。(リアンの事は言ってない)

 シュナイツにシュナイダー様の日記があり、そこにわたしの事が書かれいて、  父からの手紙あること。(事件の事は言ってない)

 

「なりほど…シュナイダー様の日記と手紙か…。わかった、信じるよ」

「本当?」

「ああ。日記と手紙はわからないが、そのショートソードが何よりの証拠」

 今はこれくらいしか父との繋がりを示す物はない。


「あなたは色々知ってそうね」

「あまり知らないよ」

「わたしを見てすぐに誰か分かったでしょう?」

「それは分かるはずさ。双子なんだから」

「え?双子?」

「ああ」

 

 彼は眼鏡を外す。


「すごく似てると思うんだけど」

「確かに…」


 さっきの既視感は双子だからか…。


「ねえ、父の事を教えて。お願い」

「僕もあまり知らないんだ…」

 彼は眼鏡をかける。


 彼は父の元で育ったわけでないらしい。

 わたしと同じく知り合いの家を転々していた。


「父という人に会ったの数回だけ。親という実感はないよ」

「そう…。母は?」

「全く知らない。名前も」

「わたしも知らないの…」

「知らない?おかしいな…」

 彼は少し首を傾げる。


 わたしは彼の事は知らないが、彼はわたしの事を少しだけ知ってる。

 

 父の遺書に双子の妹がいる事、そして母ともに王国に亡命した事が書かれいたという。


「母と?それは違う。一緒じゃないわ。帝国を出たのは、叔父と叔母とよ」

「本当?…。どこかで予定が変更になったのかな」

 

 真相は闇の中か…。


「母の事も調べるつもり」

「そうしてほしい。分かったら僕にも情報を」

「ええ。…父ももう少し情報を残してくれたら…」

 あんな事をしなくて済んだのに…。

「情報が少なかったから、こうして会えたかもしれない。君はなぜこんな生き別れになっかたか、知ってるだろう」

「もちろん分かってる。だけど…」

「恨むべきは父ではない、が…気持ちは分かるよ」


「君はまだいい方だ。僕に比べれば」

「なぜ?」

「君は自由に生きて行けるだろう?帝国を出るまではたいへいんだっただろうけど」


 彼の言う通り、帝国を出るまでは住処を転々し、何かに怯えるようだった。

 

 王国へ亡命以降、寄宿学校にいて、逃亡生活ような事はなかった。


「僕は何をするにも制限があった。友人もいなかったし。父の死後、多少はよくなったが、今になってこれだ」

 彼は愚痴をこぼす。

「父を引き継ぐ前は何をしていたの?」

「偽名を使って、小さな町で事務官をしていた」

「そう…。ベルファスト家を引き継いだのなら、裕福になったんじゃない?」

「なるにはなったが…生活が変わりすぎて、まだ慣れてないよ」


 ベルファスト家を引き継ぎ、領地まであるという。


「ここから帝国までの街道沿いにある町まで貰って…」


 街道沿いなら収入には困らない。シュナイツよりは断然マシ。


「引き継ぎついては公表前なのに、どこで聞きつけたのか父に世話になったとか、元竜騎士で部下だったとか、何人も訪ねてきて会わないといけない」

 彼はため息を吐く。

「父ことなんてろくに知らないのに…。そこでここの管理を買って出たんだ」

「逃げたのね?」

「逃げ…ああ、そうだよ」

「分かるけど、引き継いだ以上それもあなたの仕事じゃないの?」

「そうなんだけど…父は偉大過ぎる…」

 

 父の活躍で王国への奇襲は成功。結果は…知ってのとおり。

 父の犠牲で、戦争はなくなった。

 

 確かに偉大かも。


「あなたにしかできない事なのよ」

「分かってるさ…」

「しっかりしてよ…」

 彼は小さくため息をはく。

「君がやるかい?」

「いやよ」

「ははは…。まあ逃げたはいいが…いや良くないけど、検問所に来ても何もする事がないというより、させてくれなくてね。暇すぎて…」


 贅沢な悩みだこと。


「聞き取りをやっていたじゃない。今だって」

「強引にやらせてもらっている。いい顔しないけどね」

 そう言って肩を竦める 

 

 さっき兵士が口を出していた。


「でも、ここに来たお陰で君に出会えた」

「そうね」


「あの、ごめんなさい。わたし、あなたの名前を聞いてないわ」

「ああ、そうだね。忘れてたよ」

 お互いに苦笑いを浮かべる。


「僕はマクシミリアン・ベルファスト。マックスって呼んでくれていい」

「よろしく、マックス」

「ああ、よろしく。ソニア」

 わたし達は握手をした。


「不思議な気分ね。はじめまして、じゃないんでしょ?」

「そうだね。覚えていないけど」

 不思議というか複雑すぎて…。


「わたしが妹なのよね?」

「そう遺書には書いてあったよ」

「そう…」

「双子なんだから、兄とか姉とか関係ないと思うよ」

 それはそうね。そうなんだけど…。


「兄とは呼ばないわ」

 全然しっくりこないもの。

「別に構わないよ。じゃあ、僕が姉さんと呼ぼうか?それともお姉ちゃん?」

「やだ、はははっ。やめて、名前で呼び合いましょう?」

「ああ、いいよ」


「ベルファスト様、終わりましたか?随分時間が経っていますが」

 ドアの向こうから声がした。


「しまった…。大丈夫だ!もうすぐ終わるよ!」

 マックスは奥のドアに向かって叫ぶ。

 そして、書類に向かって何かを書き始めた。

「まずは許可証だ。これを」

「ありがとう」

 許可証を受け取る。


「僕はもう数日で帰る予定なんだ」

「そうなの?」

「うん。それで、僕がいる所を教えておく」

 そう言いながら、別の紙に書き込んでいる。

「エッベという町にいるから」

「そこがあなたの領地?」

「うん。正確にはまだ領地じゃない」

「どういう事?」

「エッベは帝国の直轄地なんだけど、今は管理を任される。将来的に僕の…いやベルファスト家の物なる予定だ」


 エッベの町はここ、北の検問所と帝国の中間に位置する町だ。

 町の大きさは帝都以外だと、三本の指に入る。


「良い町を貰ったわね」

「手に余るよ」

 苦笑いを浮かべてる。


「あなたは事務官だったし、管理は分かってるんじゃない?」

「規模が違いすぎる。実際、業務をしてるわけじゃないし…。監督するのが仕事さ。あと来客対応、苦情をきいたり、周辺の村、町との連携、会合…それから…」

「分かったわ…」

「ほんと自由な君が羨ましいよ」

「みんな、そう言うけど、すべて自己責任よ。部下もいないし、自分の身は自分で守らなきゃいけない」

 わたしは腰のショートソードを見せる。

「…なるほど。その為の剣か」

「そうよ」

 

「わたし、剣術はそこそこ出来るのよ」

「脅すためかと…」

「そんなわけないでしょ。そのへんの兵士なら互角以上にやれる」

「へえ。…でも、無理はしないでくれ」

「ええ。引き際は分かってるつもり」


 マックスに何か書かれた紙を渡された。


「これは?。…フランノン?」


 フランノン。帝国の中部にある町。


「南部に行くなら、寄るだろう?」

「ええ」

「フランノンに僕を守ってくれた人がいる。父に忠実だった元竜騎士だ。ぜひ訪ねて見れくれ」


 紙には名前も書かれていて、元竜騎士いる家の場所に略地図まで書かれいる。


「…この人、知ってるかも」

「え?会った事ある?」

「ええ…でも、門前払いされたわ。剣まで向けられて…」


 父の名を出した途端に態度が変わった。

 こちらの説明や名乗る暇がなかった。


「ああ…」

 マックスはため息をはく。

「君の素性を知らないから、警戒されたんだ。次会う時は大丈夫だよ。そのショートソードを見せればいい」

「そう?…ていうか会う必要ある?」

 

 門前払いされた時の事を思い出した。

 すごい剣幕で凄まれたのだ。


「会った方がいい。彼は父の最後見ていた人なんだ」

「父の最後…。シュナイダー様との決闘よね?」

「そうだ。僕自身はそれほど興味はないんだが、君は違うだろう?」

「ええ。話を聞けるなら、聞きたい」


 シュナイダー様から見た決闘の様子は知ってる。

 

 父の近くにいた人だ。また違う話を聞けるかもしれない。


「僕の名前と事情を書いておくから」

「ええ。ありがとう」


 ドアがノックされ兵士が顔を覗かせる。


「ベルファスト様、まだ…」

「今、終わった。さあ、これを…」

 

 マックスが紙を小さく折りたたみ渡してくれた。

 それ受け取り、すぐに腰の付けてある小さな袋に入れた。


「特に問題ありません。通行を許可します」

「はい」

 彼の畏まった言い方に、つい笑い出しそうになる。


「じゃあ、また。さよならは言わないよ」

「もちろん。いつか必ず会いに行く」

「うん」

 彼はしっかりと頷いた。


 わたしは荷物を持ち、外へ出る。


「ありがとう、マックス。頑張って」

「ああ」

「おい!貴様、気安く…」

「構わないよ。そういう関係だから」

「え?」

 兵士が戸惑っている。

「そうよ。とっても、深い仲なの」

「運命の人さ」

「ええ!?」


 驚いている兵士を無視して、外に出た。


 マックスはなんて言い訳するのかしら?。


 検問を無事に通過。


 まさか、生き別れの兄…じゃない、肉親に会うとは思わなかった。


 わたしは嬉しかった。

 孤独ではないんだ。


 独りじゃない、家族が生きていたという事実が、わたしに心強さをくれた。


 リアンやシュナイダー様も家族同然だが、それとは違う何かをマックスには感じる。 


 そんな事を思いながら、北の検問所を後にした。


Copyright(C)2020-橘 シン

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