12-5


 翌日。

 朝食後、出発の準備を始める。

 

 馬に荷物を括り付ける。

 持っていく荷物は最低限にして、必要な物は現地で調達。

 

「これでよしっと」


「それでは、行ってきます」

「よろしく頼む」

「はい」

「気をつけて…」

「うん」

 リアンと軽く抱き合う

 彼女のちょっと悲しげな顔に、心が痛む。


 各人と挨拶を交わし門を出る。


 門を出るはわたしだけじゃない。


「では、隊長」

「あいよ」

 ヴァネッサ隊長に敬礼する竜騎士三人。


 ステインさん、ライノさん、ミレイ君が、わたしの護衛をしてくれる事になった。


 門を出てから馬に乗り込む。


「行くよ」

 そう馬に話しかけると、歩き出す。


 少し速度を上げ、ポロッサへ。


 ポロッサまでは下り坂なので、昼少し前には着くだろう。


 馬の調子は良さそう。

 

 シュナイツとポロッサの中間あたりで一度休憩。


「悪いわね。わたしの護衛なんて」

 人選はヴァネッサ隊長だろうか。

「いえいえ」

「そんな事はないですよ」

 ステインさんとライノさんは笑顔でそう話すが、ミレイ君は緊張した面持ち。

「この三人だけで、というは初めてですよね?」

「そういやそうだな」


 食料品の買付護衛には、必ず隊長かレスターさん、ガルドさん等竜騎士の先輩達がいるらしい。


 新人竜騎士だけ、という編成はこれが初めてのようだ。


 ミレイ君はずっと周りに気を配っている。


「ミレイ、肩に力入れすぎだぜ」

「だな。心配いらないって…」

 

 ガサガサと音がなった。


 全員が音のしたほうに向く。

 

 川の向こうがにイタチが見えた。


「なんだよ…」

「イタチか…」

 ステインさんとライノさんは安堵する。

 二人も緊張してたみたい。


「行きましょうか」

「ですね」


 ポロッサまだもう少し。


 予想通り、昼少し前に到着。

 

「ありがとう。ここでいいわ」

「はい」

「この後どうするんです?」

「そうね…。必要な物を買ってすぐにワーニエに向かう」

「そうですか」

「気をつけてくださいね」

「ええ」


 三人と拳を合わせる。

 

 三人を見送った後、市場へ。

 必要な物を買い揃えて、すぐにワーニエに出発。


 ワーニエには日が沈む前になんとか到着する事ができた。

 ここは宿代と食事代がちょっと高くつく。仕方なし。


 翌日、ワーニエを出て東へ。

 北の検問所を目指す。


 五日、いや六日だったかしら?それくらいで到着。


 検問所周辺は人通りが多い。そのため露店を出している商人もいる。


 帝国に入るためには荷物検査をパスしなければいけない。

 わたしは特に何も持っていないので、特に問題はないだろう。


「最後尾はこっちだ!こっち並べ」

 兵士の誘導に従い列に並ぶ。


 待っている間に、露店で買った食べ物を口に運ぶ。


「今日は時間がかかりそうだなぁ…」

 前にいる商人らしき人がぼやく。

 

 確かに並んでいる人が多いかも。でも、こんな日は初めてじゃない。


 少しずつ列は進んで検査前の聞き取り調査となる。


 聞き取りを行っている男性は若いが、兵士という感じではない。

 着てる服も質が良さそうだし。

 銀縁の眼鏡をかけている。


 彼の側にずっと兵士がつきっきりだ。


 何だろう…彼に既視感めいたものを感じる。初対面のはずなのに…。


「名前は?」

「ソニア・バンクス」

「入国の目的は?」

「手紙を届けに。南部まで」

 紙に書き取っている。


 わたしの頭から足、そして馬に視線を移していく。


 何か言いたげで、わたしの顔をジロジロと見る。


「あの、何か問題でも?」

「いや」

 彼は笑顔で首を振る。


「なにか武器は持ってます?」

「ショートソードを」

 わたしは着てる外套を捲り、腰のショートソードを見せる。

「…なるほど」

 武器は問題ないはずだけど。


 後いくつか質問されて聞き取りは終わった。


「彼女の検査は僕がする」

 え?。

「いや、ベルファスト様がなさる必要は…」

「ベルファスト!?」

 わたしは、思わず声を上げてしまった…。

「なんだ、貴様!」

 兵士が腰の剣に手をかけて、わたしと彼の間に入る。

 並んでいた人達が注目する。

「いえ、何でもありません…」


 なぜベルファストと名乗っているのか。親戚?。


「お下がりください」

「大丈夫だよ」

「しかし…危険分子かもしれません」

「彼女は違う」

 彼はなぜか自信を持って兵士を下がらせた。


兵士が警戒する中、彼はそれを気に止めず、わたしに近づく。


「僕の名前に、何か気になることでも?」

「あの…はい…」

「まあ、ベルファストを知らない人は少ないからね」

 苦笑いを浮かべている。特に気にしてる様子はない。


「ヨアヒム・ベルファスト様のご親戚ですか?」

 父の親戚ついては情報を得ているが、それは少ない。

「僕の父だ」

 ええ!?

 また声を上げそうになったが、踏みとどまった。

「そ、そうなのですか…ベルファスト様にご子息もご息女もいないと聞いているのですが…」

「違うようだよ」

 ようだよって、他人事ように…。


 どういう事?。 


「貴様、失礼だぞ。いい加減にしろ」

「だから、いいって…。詳しくは後で」

「はい…」

  

 彼による聞き取りはわたしで終わり。

 わたしより後ろの人たちは、他の兵士達に引き継がれた。

 

「ヨアヒム様に子供がいたんだなあ」

「女好きで何人も子供がいるなんて噂があるがな」

 それは知っているが、信憑性はゼロ。

 噂話に過ぎない。

 そんな噂話はいくつもある。きりがない。


 荷物検査の順番が回ってきた。


「ソニア・バンクス、入れ!」

 兵士に呼ばれて建物内に通される。


 馬から荷物をはずし、部屋に入る。

 部屋にはテーブルが一つだけ。椅子はない。

 明かりとりの小さめの窓が一つ。


 テーブルに荷物を置く。


「待ってろ」

 入ってきたドアは締められ、奥のドアから兵士が出ていく。  


「お待たせしました」

 手に書類を持って、彼が入ってきた。

「はい…」

 すぐに先程の彼と兵士が入ってくる。


「僕一人で検査する」

「危険です」

「はあ…」

 ため息を吐く彼。


「出て行くんだ。あまり言いたくはないが、命令だ」

「しかし、ベルファスト様に何かあれば自分に責任が…」

「大丈夫だから」

 彼は兵士の背中を押し、無理矢理部屋から追い出した。


「何かあれば、声をかけるから…全く」

 ため息を吐きつつ、眼鏡を指で押し上げる。

「やっと静かになった」


 検査を始めると思い、鞄を開けるが…。

「いや、いいよ」

「は?でも…」

「検査は口実だよ。色々、聞きたいじゃないかと…お互いに」

 飄々として食えない相手だ。

 

「確しかに聞きたい事はたくさんあります」

「うん。まずは君の方から」

「はい。あなたは本当にベルファスト様のご子息?」

「それは間違いない」

「証拠は?」

「証拠か…」 

 彼は顎を触る。

「一ヶ月前、皇帝陛下から呼び出されて、ベルファスト家を、父を引き継ぐよう申し渡された」

「ベルファスト家を引き継ぐ?」

 

 彼の話によれば、父の残した遺書があり、引き継ぐ日付が指定されていたという。


「一ヶ月前なら、わたしは帝国にいた。そんな話はどこでも聞いていない」

「だろうね。公表は今日だから」


 関係各所の調整が済むまで公表は控えていたらしい。


「あなたはあまり驚いていないようだけど」

「半分驚いて、もう半分は納得というか…ついに来たかと、そんな気持ちだよ」

 半分?ついに?。

「あなた、自分がベルファスト様の子供だと知っていたの?」

「ああ。でも、口外するなとキツく言われていた」


 まさか。

 あんなに調べたのに…彼の情報を掴んでいない。


 掴むどころか、あまり証言してくれないんだ。


「…」

「僕はまだ現実感がない」

「…」

「大丈夫?椅子を用意しようか?」

「いえ、結構です」


「僕から聞いても?」

「ええ。何か?」

「君が持っているショートソードは父の物だろう?どこで手に入れた?」

 彼の言葉に、体が強ばる。

 

 何故、分かった?。


「このショートソードがベルファスト様の物だという証拠は?」

「また証拠か…」

「ベルファスト様の物だと言ったのは、あなたよ」

「まあね…そのショートソードと同じデザインの長剣を、僕は持っている」

「同じデザインだからといって、ベルファスト様とは限らない。いくつも作った内の一つかもしれまない」

「うん、かもしれないね。でも、グリップにベルファスト家の紋章があるはずだ」

「紋章?」

 

 そんなものあったかしら?。


「あるはずだよ」


 わたしは腰からショートソードを取り、グリップを確かめる。


「滑り止めの革の下だ。場所は中央」

「…ある」

「それが証拠だ」


「君は何者?」

 言い逃れはできないわね…。


「わたしは、ヨアヒム・ベルファストの娘よ」

 


Copyright(C)2020-橘 シン

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