12-4


 馬の手入れをしていると、誰かがやって来る。


 ガルドさんだった。

  

「おはようございます」

「ああ」

 それだけ言うと竜達を見て回る。


 顔を撫でたり、手足を見てる。

 そして自分の竜に鞍をつけ始めた。


「昨日は背筋が凍ったぜ」

 彼はわたしを見ずに言う。


 昨日の事といえばあれしかない。


「シュナイダー様を思い出しちまった」

 シュナイダー様は書斎で暗殺され息を引き取っている。そこで起こしてしまった事件。

「すみませんでした」

「俺は別に構わんが、リアン様を悲しませるのだけは、やめてくれ」

「はい」

「シュナイダーが亡くなった時の取り乱した様子は目も当てられなかった」


 ハンスからその様子は聞いている。

 話を聞くだけも辛い。


「ウィル様も頑張ってくれているし、悪く言う奴はいない」

 わたしを見ず、独り言のように彼は話す。

「シュナイダー様の後を引き継ぐなんて出来るもんじゃない。俺にはできないからな」

 わたしにだってできない。

「俺はウィル様とリアンを支えて行きたい。命令する権利はないが、お前もそうであってくれ」

「はい」

 ガルドさんは竜を連れて去って行った。


「さあ、終わりよ。頑張りましょうね、お互いに」

 馬は首を縦に振り、前足で地面を掻く。

「もう行きたいの?あなたもじっとしてるのが苦手?」

 わたしは笑いながら、背中を撫でる。

「頼りにしてるわ。特に今回は…」

 帝国南部は行った事はあるが、あまり行きたい場所でない。

 道が整理されてないから、馬の負担なるし。


「だめよ。弱気になったら…」

 自分にそう言い聞かせる。

「ほんとだよ」

 誰かの声で振り向く。

「ヴァネッサ隊長…」

 彼女は自分の竜の顔を撫でて、それから鞍をつけ始めた。


「ガルドのやつ、なんか言ってた?」

「いえ、別に」

「そう?余計な仕事増やすな、みたいな事は?」

「ないですけど…」

 余計な仕事?。

 わたしが起こした事件が、余計な仕事といえばそうなるけど。

「そう…あっ」

 隊長はそう言うと、竜の足元から何かを拾い、わたしの方へ来る。

「これは餞別だよ。手、出しな」

「はあ…」

 手のひらを出すと、その上に何かを乗せられた。


 薄い歪な楕円形。そして綺麗な光を反射させている。


「竜の鱗?」

「そうだよ。あんたにあげる。旅の費用の足しにしな」

「え?」  

 そう言うと竜を連れて、厩舎を去ろうとする。

「あの貰っても良いんですか?」

「良いよ」

「これって高い物、貴重品ですよね」

「だからさ」 

 ヴァネッサ隊長は気にする様子を見せず行ってしまった。


 どうしよう…。


 わたしは竜の鱗が欠けないように気をつけつつ、執務室に急ぐ。


「失礼します」

 執務室に入り、ウィル様に竜の鱗を差し出す。

「ヴァネッサ隊長にこれをいただいたのですが…」

「ああ…竜の鱗だね」

「はい。旅の費用にと」

「なるほど。貰っておいて良いんじゃない?」

「いえ、結構です」

「え?どうして?」

 ウィル様が少し驚く。

「旅の費用は自分なんとかしてきましたし、これからもそうするつもりです。これはシュナイツのために使ってください」

「うーん…」

 彼は竜の鱗に関心を示さない。


「シュナイツの財政状況は知ってます。ですので…」

「ソニア、補助金があるから大丈夫よ」

「でも、お金はあっても困らないでしょ?」

「まあ、困らないけど…それはあなたもでしょ?むしろあなたの方が必要じゃない?」

「僕もそう思う。ヴァネッサは君に、って言ったのなら遠慮することはないよ」

「そうですか…」

 

 あまり高価な物は持ち歩きたくないのが、正直な気持ちだ。

 

 荷物ごと盗まれる、なんてことはまだないけど、あるかもしれない。

 そういう場合に備えて、必要最低限の物しか持たない。


「お金に関しては、当面の間心配する必要ない。それに、貰ってもこの辺じゃ買ってくれる人はいないだろうし」

「そうですか…」

 売れなければ、意味がない。


「大きく欠けてる部分があるし、綺麗な楕円形じゃないから…七千五百かな?…」

「七千五百…七千五百!?これ、なっ七千五百で売れるんですか!?」

 知らなかった。竜の鱗ってそんなにするんだ…。

「うまく交渉すればね。七千より下はない。絶対に」

 ウィル様は自信たっぷりに頷く。

 元商人の経験からだろう。

「だめだよ。五千とかで売ったら」

 そう笑いを堪えながら、リアンに話しかける。

「そうよ、だめよ」

 リアンも笑いながら、シンディさんを見る。

「申しわけありませんでした」

 シンディさんは、何故か謝る。が申し訳無さそうではく、苦笑いを浮かべてる。

 以前に竜の鱗の売った事があるようで、商人に言い値で売ってしまった。


「知らなかったシンディはしかたない。けど、君なら大丈夫だろう?」

「値切る事はありますけど、売る事はほとんどないです」

「そう。まあ、難しくはないよ」


 ウィル様からコツを聞く。


 最初はちょっと高めの金額でふっかける。ここで買ってもらえることはない。拒否されるだろう。

 そこから徐々に金額を下げていって、こっちが売りたい金額と買い手が買いたい金額の妥協点を交渉していく。


「お互いに納得がいったら、交渉成立」


 言うは易く行うは難し。


「値切る事はできるんだから、反対と思えば大丈夫」

「はい…」

 と、返事をしておいた。

 

 ぶっつけ本番ね。

 やってみるしかない。


 竜の鱗は板切れに挟んで紐で縛ってもらった。


「じゃあ、いただきます」

「うん、頑張ってくれ」


 昼食までは、また剣兵隊の訓練を見て過ごし、午後は自室でいつでも出発できるように荷物の用意をしていた。


 用意をしていると、シエラさんが訪ねて来た。


「先生からです。いつもの」

「ありがとうございます」

「お気をつけて」

「はい」


 貰った物は薬類。

 下痢止めや腹痛に効く物や感冒薬等。それと当て布や包帯。

 比較的入手しやすいけど、すぐに入手できる町にいるとは限らない。

 

 これは非常にありがたい。


 夕食の後、手紙の話になる。


 執務室に移動。

 ヴァネッサ隊長以外の隊長達は自室に帰って行く。

 それと入れ替えにシンディさんが参加。


「昨日話した通り、君には罰としてじいちゃんに手紙を届けてもらう」

「はい」

「で、じいちゃんが住んでる場所なんだけど…」

 ウィル様は執務室にある地図を指し示す。

「このあたり」

 ライア隊長が言っていた通り、帝国の南部だ。

 指し示した所は山間部の西より。


「行った事は?」

「山間部には行った事はあります。ですが、そんなに深くまでは…」

「そう」


「南部はいい道ではないですよね?」

「良くはない。荷馬車が使える程度には整備さえてる。最低限だけど」

「はい。山間部も同じ感じですか?」

「うん。同じだとも思う」

「わかりました」


 お祖父様が住んでおられる村の名前や場所を聞いた。


「目的地はわかったけど、ここまでのルートはどう行くの?」

「北の検問所からかな。やっぱり」

 ウィル様はリアンの質問にそう答えた。


 帝国に入るには基本的に検問所と通らなければならない。

 荷物検査がある。

 翼人の羽根や違法薬物等と持ち込んだり持ち出ししないか検査される。


「北の検問所以外にも検問所はあるけど、林の中だったり峠だったり…」

「ちょっと物騒なのよ」

「そうなんだ…。検問所があるなら安全じゃないの?」

「検問所には検問所を守る最低限の人数しかいないようだよ」

「それ以外に巡回警備がいるんでしょ?」

 ヴァネッサ隊長の質問には、ウィル様は首を捻る。

「そんなような人達を見た事はあるけど、積極的にしてるようには見えなかったな」

「一応やってます程度か。砦あるからそれでいいって思って…緊迫感が足りないね…全く」

 ヴァネッサ隊長はため息をはく。


「ここからなら、北の検問所を通るのが良いと思う」

「はい」


 問題は検問所を通った後。


「次は帝国の中央にある町を目指す。ここまでは苦労しない」


 そう、問題はこの町以降、南部は町らしい町はない。

 村というか小さな集落が点々あるだけ。


「えー、どうするの?」

「この町でしっかり準備して南に向かう。泊まりは農家なんかに頼むしかない」

「そうなりますよね」

「あたし達もやったね」

「やったけど、それよりも酷い野宿までしたし…ソニアはある?野宿」

「あるわ。仕方なくね」


 初めての野宿は、怖くて寝る事なんてできなかった。

 

「ねえ、帝国の南部に行くなら、王国の南部から行けないの?」

 リアンは地図を指差す。

「行けるんだけど、峠を超えないといけないのよ」

「標高が高いわけじゃないんだけど、道がつづら折りで時間がかかるんだ」

 

 好みが分かれるかもしれない。


 この峠までは王国内だから町は点在しているし、食事と宿泊には困らなだろう。

 準備を怠らなけれければ、峠を超えるものあり。

 だけど…。


「峠からじいちゃんが住む町までの道があるんだけど、ひどい荒れようで…」

 ウィル様はあの道は行きたくないと声を漏らす。

 比較的慣れているであろうウィル様も嫌がるルート。


「やめたほうがいいと思う」

「はい」


「と、ルート関してはこれぐらいか。道中は特に言う事はない。君は慣れているし、任せるよ。それから…」

 ウィル様は机から何かを取る。

「これが、じいちゃんへの手紙」

「…二通ですか?」

「うん…二通なのは…」

「あんたが、倒れた時の予備」

 ヴァネッサ隊長はウィル様の言葉を切るように話す。

 

 これが予防策か。


「僕は、大丈夫だと思うんだけど…一通は帝国内の集配所に出してくれ」

「はい」

 

 ヴァネッサ隊長の考えは、間違ってはいない。

 わたしが何かあれば手紙は届かない。

 

 当然の処置。


「無理しないでね」

「わかってる」

 リアンを心配させまいと笑顔で答える。


「後はっと…シンディ、あれをソニアに」

「かしこまりました」

 シンディさんがくれたのはお金。


「いただくわけには…ヴァネッサ隊長から竜の鱗をいただきましたし…」

「竜の鱗は売れないと使えないだろう?これは売れるまでの繋ぎという事で」

「はあ…」

 

 シュナイダー様からも出発時は少し貰っていけど…。


「お金があると、気持ちに余裕が出てくると思うんだ。それに確実に、じいちゃんの所に行ってほしいから」

 

 ウィル様の気遣いが、わたしにはちょっと辛い

 

 リアンは何も言わず、ただわたしを見つめるだけ。受け取れって事よね。


「分かりました。頂戴いたします」


 ここは貰っておこう。

 使う使わないはわたしに任されてるんだから。


「話は以上かな。何か質問ある?」

「いいえ、特には」


 これで話は終わりかと思ったが…。


「じいちゃんは、頑固な人だから、覚悟というか気をつけて」

「はい」

 そのへんは、まあ慣れている。 

 旅先では色んな人達がいるから。


「ヴァネッサ、ポロッサまで護衛をお願い」

「いやだよ」

 リアンのお願いに隊長は即答する。

「は?どうしてよ!」

「いつもしてないでしょ?」

「そうだけど、してくれてもいいでしょ?」

「あたしは、いやだよ」

 そうでしょうよ。

 ウィル様にあんな事をしたのだから。


「ケチ!」

「ケチで結構」

 リアンはヴァネッサ隊長に向かって下を出す。


「君は、いやなんだよね?」

「そうだよ」

「君以外なら?」

「まあ、いいんじゃない」

「そういう事…」

 リアンはため息をはく。


「わたしは別にいらないんだけど」

 わざわざ護衛なんてね。

 そんな事されたことはない。


「一応、伝えるだけ伝える。護衛したい奴が居なかったら、なしだよ」

「はい。それで構いません」


「んじゃ、これで話は終わりだね?」

「うん。…ちょっと待った。忘れるところだった、すぐに戻る」

 そう言って、ウィル様は執務室を出ていった。


「何かしら?」

「さあね」


 戻ってきたウィル様の手には何かが握られていた。


「これを君に」

 ウィル様から渡された物は、細長くそれなりに重い。

「これは?…」

「ベルファスト様の形見だ」

「形見?…」


 布に包まれたそれを確かめる。


 それはショートソード。


「シュナイダー様の日記に書かれているのを覚えているかな?ショートソードを形見代わりに持ち帰った、とある」

「はい。これが…」


 ショートソードは濃紺を基調していた。

 所々に傷がある。それなりに使い込んだ物だろうか。

 握りに巻かれた革が擦り切れている。


「これ…本当に頂いても…」

「君以外に誰がいる?」

「それは、そうなんですが…」

 

 わたしは申し訳無い気持ちでいっぱいだった。


「でも、わたしはウィル様に…」

「それはもういい」

 少しだけ強い口調。


「このショートソードはシュナイツで保管すべき物じゃない。ましてや僕が貰うべき物でもない。君がベルファスト様の娘だという証拠だ。君が受け継がずに、誰が受け継ぐ?」

 ウィル様は真剣な表情で話す。

「君に断る権利はない。持って行くんだ」

 きっぱりと、そう言い切る。


「ソニア。竜の鱗や餞別は断る事は出来るけど、これは断っちゃいけないよ。ウィルの気持ちをないがしろにする気かい?」

 ヴァネッサ隊長の言う通りだ。

 失礼にあたる。


「ウィル様。ありがとうございます。大事にします」

 彼は表情を緩め大きく頷く。


「話はこれで終わり。後は君の準備が出来しだい…」

「明日、出発します」

「そ、そう?急ぐ必要はないんだよ」

「わかっています。でも、そう決めましたので」

「わかったよ」

 ウィル様は呆れているかもしれない。


「ソニア。あんた、シュナイツ嫌いなの?」

「まさか、嫌いじゃありません。大好きです」

「あっそう」

 そう言うとヴァネッサ隊長は出ていった。


 リアンがくすくす笑ってる。

「なに?」

「別に。話が終わったんなら、解散。もう寝ましょ」

「そうだね」


 わたしは挨拶を交わし、執務室を出て自室を戻った。

 

 いよいよ明日、出発。

 いつもとは違う気持ち。

 でも、いつも通りを心掛けよう。



Copyright(C)2020-橘 シン

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る