12-3


 食事が終わり、解散となる。


「ごちそうさまでした。私は部屋に戻ります」

 エレナ隊長が席を立つ。

「うん。お疲れ様。おやすみ」

「はい、おやすみなさい」

 彼女はウィル様に一礼して多目的室を出ていった。


「ぼくも失礼する」

「アタシもー」

 ライア隊長とミャン隊長も出ていく。


 ウィル様はマイヤーさんとメイド達を帰してしまう。

「それでは、失礼いたします」

「お疲れ様です」


 部屋にはわたし達四人だけになる。


 ウィル様は執務室へ行き、何かを持って戻ってきた。


「これを君に」

「これは?…」

 革製の簡易な袋をいただく。

「君の父、ベルファスト様がシュナイダー様に宛てた手紙だよ」

「これが」

 父とシュナイダー様の交友の印…

「あの、これはわたしがもらってもよろしいのでしょうか?」

「あんた以外の誰が、受け取るの」

「ヴァネッサの言う通り、君が受けるべきものだ。それには君が知りたかった父親の事が書かれているはずだよ。日記についても自由に読んで構わないから」

 日記まで…。

 

 父の事を知る事は嬉しいが、諸手で喜んでいいものか?…。


「わたしは、大変な事をウィル様してしまいました。償いもまだ済んでいません。これは後日いただくという事で…」

「そう…。僕は全然構わないんだけども」

「ソニア、まずはもらっておいて、読むのは後でもいいのよ?」

「わたしはまず、ケジメとつけたい」

 ウィル様はわたしの事情に同情しているのだと思う。

 自分に刃を向けた者に対してここまでする。わたしはその気概に驚いていた。


「わかった。君の考えを尊重しよう」

「焚付に使っちゃうかもしれないよ?」

 ヴァネッサ隊長がニヤリと笑みを浮かべるながら言う。

「ヴァネッサ…。じゃあ、私が預かっておくわ。それならいいでしょ?。そうさせて」

 ヴァネッサ隊長は本気で言ったわけじゃないだろうけど、リアンが心配してそう言ってくれた。

「うん、ありがとう」

 父の手紙はリアンに預かってもらうことにした。


「それじゃ、僕は部屋に行くよ。おやすみ」

 ウィル様が立ち上がり、ヴァネッサ隊長も立ち上がる。

「あたしも…」

「あの、ウィル様。お待ち下さい。ウィル様のお祖父様への手紙について、まだ届け先を聞いていないのですが…」

「ああ…。それは、明日のこの時間に話すよ」

「明日?。お祖父様がご病気なら、急いだほうがよろしいのではありませんか?。わたしはすぐにでも行けます。」

「まあ…そうなんだけど。病状は悪くはないし薬も十分にあるはずから、とりあえずは大丈夫。それよりも、まず君が休んだほうがいい」

 ウィル様はお祖父様よりも、わたしに気遣いを見せる。

「わたしは大丈夫です」

 わたしは勢いよく立ち上がった。


 帰ってきて、翌日また出発なんて何度も経験している。


「言う通りにしときな」

 ヴァネッサ隊長がテーブルに片手をついて話す。

「あんたが途中で倒れちゃ困るんだよ。一応、予防策は取るけどさ」

「倒れなんてそんな事は…」

「疲れたままじゃ判断力は鈍るし、何より動けない。それくらいあんたにも分かるでしょ?」

「それは…はい…」

「リスク回避は基本」

「そういう事だから、話は明日にする」

「はい…」

 

 ウィル様とヴァネッサ隊長は出ていく。

 わたしは椅子に腰を下ろした。


「ソニア。私も同意見よ」

「リアンまで…わかったわ…」

 リアンにまで言われてはしようがない

「もう寝ましょ。疲れたでしょ?」

「うん…でも、もうちょっとだけ」


「リアン、ごめん…」

「ソニア…もういいから」

「ううん。ヴァネッサ隊長の言う通り、私情で自分勝手な事ばかりして」

「私だって同じ立場だったら、同じようにしてた。たから、ね?」

「うん」

 リアンと固く握手をした。


「ウィル様って不思議な人ね。昨日、あんな事をしまったわたしに、あそこまで気を使うなんて」

「ああいう人よ。彼は」

 彼女はウィル様の席を見つめ話す。

「自分よりも他人の事を考えてる」

「そうなんだ」

「領主と引き受けてくれた時も、私や領民が困るからって。私が強引すぎたのかも…」

「強引って、シュナイダー様の遺言なんでしょ」

「そ、そうなんだけど…」

 リアンは視線を泳がせる。


「そもそも、何でシュナイダー様はウィル様を後継者に選んだのか、わからない」

「わ、私もよくわからない。けど、接点がないわけじゃないのよ」

「そうなの?」

「一回会ってる」

「一回?一回だけ?」

「う、うん。もういいでょ。ウィルが領主になって安泰なんだから」

 リアンは立ち上がり、わたしの手を引く。

「さぁ。もう寝ないと」

「え、ああ、うん…」

 わたしは納得できない気持ちもあったが立ち上がった。


「これ、忘れずにね」

 彼女に、父の手紙が入った革袋を渡された。

「これはあなたが預かるって…」

「そんなわけないでしょ。本当に預かる思った?」

 少し笑うリアン。

「ああでも言わないと、あなたが受け取らないから」

「そこまで気を使わなくてもいいのに…」

「そこまで気を使った私の努力を無駄にしないで」

「はい…わかりました。補佐官さま」

「よろしい」

 そう言って、二人して笑った。


 廊下で別れ、自分の部屋へ入った。


 きちんと整えられたベッド。

 部屋にはホコリなんて溜まってない。

 メイド達はわたしの部屋まで掃除をしてくれている。

 発光石まで。


 ベッド脇のチェストに革袋を置き、ベッドに寝た。


「はあー…」

 正直いうと疲れていた。


 天井を見つめる。 


 わたしは、今まで何をして来た?


 顔も知らない父を探して、行き着いたのは仇討ちなんて…。


 そんな事、父は望んでいない。


 危うくすべてを失うところだった…。


 ウィル様には、感謝という言葉では足りない恩を受けた。


 ウィル様のお祖父様への手紙。必ず、届けたい。

 

 翌日。

 朝食後、シュナイダー様のお墓へ。


 簡素なお墓。あの人らしいのかもしれない。


「シュナイダー様。申し訳ありませんでした…」

 片膝をつき、頭を下げる。


 シュナイダー様はもういない。だけど、謝りたかった。


 許しを請ったところで、許される事もなく、許されない事もない。


…ソニア、すまない…


 シュナイダー様の声が頭に響く。


「シュナイダー様!?」

 周囲を見るが、当然ながらいない。


…私には、ヨアヒムを救うだけの器量がなかった…


「そんな事は…仕方なかった。今ならわかります…。わたしの方こそ、真意を知らずに、あなたを恨んでしまった」


…当然の事だ。詫びる必要はない。お前は前を向け、先を見ろ…


「はい」


 その後、シュナイダー様の声は聞こえなくなった。


 幻聴…いや、シュナイダー様本人ものと信じたい。



 シュナイダー様のお墓に行ったあとはすることなくて困ってしまう。

 いつもなら剣術や体術の訓練に参加するけど、休息せよと言いつけられている。


 何が手伝う事はないかと、執務室に行ったが…。


「うーん…。ないかな」

「そうですか…」

「お父様の手紙を読んだら?」

 リアンはそう言うけど、それは後にしたかった。

 償いが済んでからと。


「手持ちぶさたかな?」

「ええ…まあ…」

 

 わたしはじっとしているのが苦手なようだ。今更ながら気付く。


 執務室を後にして、剣兵隊の所へ。わたしは一応、剣兵隊所属。


「ソニア、何をしに来た?君は休息だと聞いているぞ」

 そう言う、訓練を見つめるライア隊長の横に立つ。

「見学だけ…いけませんか?」

「構わないが…。わざわざ人目につくような事をしなくてもいいのでないか。部屋にいれば、視線を感じなくていいと思うが」

 隊長は小さい声でわたしに話す。

「別にいいです」

 チラチラとわたしを見てる兵士達。

「ほら見ろ」

「あはは…」

 訓練中の兵士達の中からハンスがこちらに来る。


「よお」

「おはよう、ハンス」

「おはようさんです」

 そう言ってわたしのそばに座る。それ以上は何も言わない。

「言いたい事があるんじゃないの?」

「別に…」

「いかにもある、みたいな口調だ」

「ふふっ…」

 ライア隊長の言葉につい笑いが漏れてしまった。


「言いたいけど、俺は言っちゃいけないし、言ったところで許可は下りない」

「許可?」

「手紙を届るって話さ。俺もなんてね…」

「当たり前でしょ。わたしの事なんだから」

「わかってるよ…」

 ハンスはため息を吐く。

「ハンス。君の気持ちは分かるが、自重するのも彼女のためだぞ」

「はい…」

 

「ライア隊長はウィル様のお祖父様の居場所をご存知ですか?」

「まだ聞いていなかったのか?」

「はい。今日の夜に聞く予定でして…」

「そうか。帝国の南部にいるとしか聞いていない」

「帝国の南部ですか…」


 帝国の南部はいい土地とはいえない。

 道も整備されてるとは言いがたい。


「行った事は?」

「手前までならあります。ほぼ山なんですよね」

「うむ。僕は行った事はある。」

「シュナイツみたいな所なんですか?」

 ハンスが隊長に質問する。

「シュナイツはまだ開けているからまだいい。南部はあまり平地はなかったな」

「へえ」

「山間部を更に南に行くと王国領になる」

「海岸地帯で平地もあって」

「西に行くと大きな港町があるだろう?」

「ロランムですね。そこからサウラーンへ船が出てます」

「はえ~、よく知ってるな…」

 ハンスが感心してる。

「そこそこ大きな町は行ってるかな。シファーレンとサウラーンは一回づつだけどね」

「僕は海を超えた事はない。陸地が見えないと怖くてね…」

 ライア隊長はそう言って苦笑いを浮かべる。


「いいな。町を転々と旅するのも…」

「大変だけどね。特にお金が」

 

 お金は自分で稼ぐ。

 基本は日雇いか短期の仕事。

 必ずあるとは限らないし、女性というだけで断られるのしばしば。


 どうしようもなくなったら、多少強引にね…引き受けさせる。

 いい顔しない時もあるし、気に入りられる事もある。

 そういうのも含めて思い出となっている。


 ただ、ぼーっと訓練を見てるのも辛くなってきた。

 自分もやりたくなってしまう。


 わたしは剣兵隊を離れて厩舎へ。竜騎士隊を避けるように宿舎の裏手から。

 自分が使う馬の手入れを始めた。


「また一緒に行きましょう」


 馬の体を拭き、ブラシをかける。


 この馬は旅の途中で頂いたもの。

 

 

 牧場のそばを通りかかった時、柵が壊れ馬数頭が外に出てしまっていた。

 牧場主は見当たらない。

 このままではどこかにいなくなってしまうだろうし、盗まれるかもしれない

 わたしは馬たちの前で手を広げ、牧場の方へ帰ってもらおうとした。

 が、そんな簡単に帰るわけもなく困っていると、牧場主がやって来る。


「いやーすまねぇな、お嬢さん」

「いいえ」

 良かった…。

「さあ、ほら。帰るぞ」

 牧場主がそういうが数頭の内、一頭だけがなかなか帰らない。

「また、お前か」

「また?」

「ああ。こいつはへそ曲がりでな、言う事を聞かん」

 あらら…。


 牧場主が手を叩いたり背中を軽く叩くが、動かずに草を食べている。


「さあ、帰りましょう?」

 側でそう声をかけると、わたしの方を見る。

 わたしは馬を見ながら、壊れた柵から牧場の中へ入った。

 すると、馬がわたしの後をついて牧場へ入る。


「こいつ…。おれの言うことは聞かないのに、べっぴんさんの言うことは聞くのか?」

「いや、そういう事ではないと思いますよ」

 わたしが美人だからかどうかはともかく、わたしについて来るなら好都合。

 厩舎まで行って中へ入れた。


「いや~助かったよ」

「いえいえ、それでは…」

 わたしは立ち去ろうしたが止められる。


「なあ。良かったらさっきの子、貰ってくれんか?」

「はい?」

 貰って言われても…。

「あの、貰っても言われても、馬一頭買うだけお金なんてもっていません」

「いやいや」

 牧場主は大きく手を振る。

「金はいらん」

「そんなわけには…。馬一頭分が損になるんですよ」

「もし、あんたがいなけりゃもっと損をしていた」

「そうですけど…」

 だからといって、貰うわけには…。


「あいつはなかなか買い手がつかんで困っていた」


 いないわけではないと思うけど…。


「もし、買い手がつかない場合どうなりますか?」

「うーん…。ある程度育てたところで、殺してしまうかの」

「そうですか…」

 

 肉は食用に、皮は革製品となる。体毛も使い道がある。.

 殺処分といっても無駄になるわけじゃない。

 そう頭ではわかっているが、どうしても可哀そうという気持ちが胸に起こる。

 

 へそ曲がりと言われた子は、気性が荒いわけじゃない。

 優しい目をしていた。

 たぶん気が合う人に出会う事ができなかったんだ。

 人だって、合う合わないはある。


 そして、さっきわたしの言うことを聞いてくれた。

 これはもしかしたら、あの子にとって一生に一度かもしれない出会いなのかも…。

 わたしはここで断ったら…。


「あの、お話は嬉しく思います。だけど、タダでというのは…」

「うむ。ワシは別にいいんだが…。そうじゃ、少し仕事を手伝ってくれんか?それだったらどうだ」

「はい、それなら」

 

 わたしは牧場で一週間ばかり働くとなった。

 

 壊れた柵をなしたり、餌やりや手入れ等、教えてもらいながら牧場で過ごす。

 馬の出産に立ち会うという貴重な経験もできた。


 そして、一週間後。

 仕事を手伝った代わりとして(代わりしては大きすぎるが)あの子を頂いた。


「それじゃ、ありがとさん」

「はい、ありがとうございます」


 使い古しの鞍と手綱もいただく。


「頑張るんだぞ」

 牧場主は馬の背中を優しく撫でる。


 わたしは馬に乗った。


「それでは」

「うむ」

「行くよ」

 そう声をかけるだけ歩き出す。


 牧場主に手を振り、牧場を後にした。


 それ以来、わたしの相棒となっている。



Copyright(C)2020-橘 シン

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