【八節】唯識 ─yuishiki─


 幸せはほんの些細ささいな日常から生まれる。


 たとえばそれは、目覚めの陽射しが心地好いこと。

 たとえばそれは、好いた相手の笑顔を見つめること。

 たとえばそれは、美味しい食事に身も心も満たされること。

 たとえばそれは、一日の終わりに無事眠りにつけること。


 リュリュは窓から差す朝の陽光に微笑みながら、テーブルを埋め尽くす食器をひとつに重ねていく。

 綺麗に食べ終えられた皿たちは、妙に誇らしい。


「姉さん、朝食を食べに来るのは良いですけど、食べた後の食器くらいは片付けて行ってくださいよ」


「悪い悪い、仕事の時間に間に合いそうにないんだ。明日はちゃんとするからさ、今日は見逃してくれよ」


 玄関に座り込んでいるソワイエが陽気な口調で言って、ブーツの紐をぎゅっと編み上げた。

 いくらタフなソワイエと言えど、駆けずり回ることが常の日雇い労働は厳しいものがあるのだろう。それはブーツのつま先が傷だらけになって色落ちしていることからも見て取れた。


「姉さん、あまり無理はしないでくださいよ」


 ソワイエは「気にされるほど大変でもないよ」と笑い返して、それから嬉しそうな顔でリュリュに振り返った。


「それよりさ、今日も美味かったぜ。やっぱりお前は才能あるよ。アナグマキッチンも今に三区一の評判になるさ」


 嬉しそうに笑うソワイエに、リュリュは満更でもない表情で食器を流し台へと運ぶ。


「アナグマキッチンは僕ひとりしかいないんですから、繁盛し過ぎるのも考えものです。今くらいで僕はちょうどいいんですよ」


「はあ、お前には向上心ってものがないのかよ。もっとこうさ、やってやるぞ! みたいな気持ちが大事だぞ」


 リュリュは「僕は姉さんみたいにはなれませんよ」と笑い返しながら、その実そんな姿に対して誇らしさと憧れを抱いていた。


 性格の全く違う姉弟だが、お互いが尊重し合って、たまにお互いの足りないものを補い合う。そんな関係でいられることが、リュリュは嬉しかった。

 こんな日々がずっと続けばいいのにと、本当に心から願っていた。



 ──ずっと、このままで。



「──リュ。起きろリュリュ。リュリュ!」


 誰かに頬を叩かれ、リュリュは虚ろに目を開けた。

 ぼんやりとした視界が次第にはっきりと輪郭を帯びていって、自分が夢を見ていたことにはたと気づく。


「あれ、ここは……」


「起きたかリュリュ。大丈夫か?」


 未だ半分ほどしか現世と繋がらない思考の中で、見なれた顔が目の前にあった。


「……蜜、さん?」


 リュリュは確かめるように言った。

 槍霞やりがすみの模様があしらわれた滅紫めっしの着流しに唐草献上からくさけんじょうの帯を締め、腰には蠟色艶消ろいろつやけしの打刀拵うちがたなこしらえ落とし差し。

 世にのこる最上大業物おおわざものと呼ばれる12工が内の一振りであり、名を灌頂斎護碌かんじょうさいごろく。世に入れられる通称を二代鬼哭真打きこくしんうち

 滝のように流れる藍白あいじろの長い前髪がさらさらと揺れた。


「良かった、無事だったか。血塗れだったから心配したぞ」


 渡された眼鏡を掛けると、ほっと眉尻を下げて安心する蜜の顔が見えた。その真剣さがなんだか少しおかしくなって、リュリュは相好そうごうを崩す。


「どうしたんですか? そんな顔、蜜さんらしくないですよ」


 リュリュが言うと、今度は訝し気な表情にぱっと変わった。


「何を言っているんだ。牡丹とレディーバードから事情を聞いて、急ぎせ着けたんだ。本当に心配したんだぞ」


「牡丹ちゃんと、レディが……」


 自分で言いながら、だんだんと記憶が蘇ってきた。


 ──そう言えば、三人でいたところにおかしな人が現れて、それで姉さんがやって来て、


「そうだ、姉さんが──」


 飛び跳ねるように起きて、リュリュは蜜の膝の上で寝ていたことにようやくと気がついた。

 身体中の骨がギリギリときしむように痛んで重だるく、動くのにも一々ぎこちない。まるで酒を飲んで熟睡した翌朝のような倦怠感もあった。

 ぼんやりする頭を引きずって、リュリュは目をすがめながら周囲を見回す。


 辺りは晩秋独特の澄んだ空気と穏やかさをたたえ、空は曇天の名残りを感じさせないほどに高く青が広がっていた。赤茶に暮れた冬楢フユナラの木と廃ビルの合間を、五十雀ゴジュウカラがフィフィと可愛い鳴き声で飛び交っている。

 蘇ってきた胸騒ぎに相反して、コンコルディアはいつもの表情を取り戻していた。


「姉さんは、何処に……」


「安心しろ。ソワイエなら店の横の木陰に寝かせてある。君と同じく血塗れだったが、幸い傷は負っていないようだ」


 蜜に言われ、リュリュはふらふらと覚束無い足取りで冬楢の木陰に向かう。横たわるソワイエはやはり血塗れで、けれどその穏やかな表情が無事を告げてくれていた。

 リュリュは腰を下ろすとせきを切ったように涙をこぼし、血と泥に塗れたソワイエの頬をなるだけ優しく拭った。


「還って来れたんだね……本当に、良かった……」


 ソワイエはくすぐったそうに身をよじり、幸せそうな笑顔で夢の中をめぐっているようだった。いつもの、優しい姉の表情だった。

 震えたため息をひとつ、リュリュもやっと安堵の表情を浮かべた。

 歩み寄って来た蜜がその肩に手を掛ける。


「今は寝かせてやろう。この状況を見れば、ソワイエも心を痛めかねない。それより君の方こそ怪我はないのか?」


「あ、ええ。これは返り血で、僕は無事です」


 リュリュは顔にべったりと張りついた血と泥をコックコートの袖で拭い、下手くそな笑みを返した。

 異能化している間、ソワイエに記憶はない。必然的に、意識が戻って来た瞬間にを目の当たりにするのが常だ。


 だが知らない間に誰かを傷つけていたなどという恐怖は、たったひとつの心で受けきれるものではない。

 ましてやそれが、何度も何度も続くのだ。


「姉さんは折を見て、僕が起こします」


 苦虫を噛み潰して俯いたリュリュに、蜜は「難儀をかけて済まない」と、肩に掛けた手を背中に当て直した。

 やがて改まって、蜜が訊ねる。


「リュリュ、君も心穏やかではないだろうが、何があったのか、話してはくれまいか?」


 リュリュは小さく頷いて、記憶を辿りながら噛んで含めるように話した。

 男の立ち振る舞いや言動、異能が発現してのちのソワイエの異変。男を刺してしまったことだけは怖くて言えなかったが、蜜は腕組みをしながらしばらく押し黙って聞いていた。

 だがやはり気に掛かるのは男のことのようで、


「して、その男とやらは何処にいるのだ?」


 と、眉根を寄せた。


「確か、姉さんに殴り飛ばされて店に……」


 うん、と唸りながら記憶を確かめるリュリュに、いいやと蜜はかぶりを振る。


「店の中も見たが、人など誰もいなかった」


「そんなはずは……!」


 言って、再びリュリュは立ち上がった。

 あの一撃を浴びて、生きていられるとは到底思えなかった。

 どこをどう切り裂かれたのかは分からないが、自分とソワイエの返り血からかんがみても、致命傷だったことは想像にかたくない。


 蹌踉めく足取りで店に辿り着き、一歩足を踏み入れる。一歩く反動で瓦礫の山からは粉塵が昇り、リュリュは埃臭さにせながら店内を見回した。


 陽が落ちかけているせいもあって、ところどころ暗くて見えづらい。けれども、店中あちこちに血が飛び散っていることだけははっきりと視認出来た。

 しかしどれだけ瓦礫を掻き分けたところで、蜜の言葉通り男の姿はない。


「そんな……どうして……」


「君がその男を見たのは、一撃を浴びたというそれが最後だったのか?」


 背後から蜜が訪ねた。

 リュリュはしばらく間を置いて、それから不安を溜めた顔を蜜に向ける。


「店に吹き飛ばされた彼を見た時、僕は彼が死んだと思いました。と言うより、ほとんどそうだと確信していました。姉さんと僕に付いた返り血は、全部その時のものですから」


「ではこの店内の血もそうか。確かに、生きているとは考えづらいな」


 蜜は転がっていた椅子に腰を下ろし、足を組んで顎に手を当てながら、何かを考えているようだった。

 リュリュは改めて手掛かりがないか辺りを探ってみたが、やはり目星いものは何もなかった。それどころかホールは瓦礫が散乱し過ぎていて、どこに何があるのかさえ分からないほどだった。


「誰かが、連れ去ったとか……」


「私もそう考えている。何か心当たりはあるか?」


「いえ。彼は仲間がいるような感じではありませんでしたから。何と言うか、独りで生きているような感じがして……」


 何故そう思ったのかは、自分でも分からない。あまり意識したことはないが、肌感というやつなのかもしれない。孤独というよりは、孤高という印象が記憶に焼き付いていた。


 ただひとつだけ思うのは、男はあの場にいた自分たちの心にずけずけと入ってはきたものの、自分自身のことはほぼ何も語らなかった。

 近づいてくる割りに、ひどく距離があるような気持ち悪さがあった。


「取り敢えず表へ出よう。ソワイエの様子も心配だろう」


 リュリュもそれに同意し、手に付いた埃を叩きながら二人で店を後にした。

 再び眠るソワイエの元へ戻ると、リュリュは隣に置かれていた物を見てはっ、とした。


「蜜さん、これ──」


 言いながら、それを手に取る。

 木靴の先から角が生えたそれは、間違いなく男が音楽を奏でていたクロッグ・フィドルだった。

 見ればところどころ血が滲み、ぴんと張られていた糸は何本か切れてしまっている。


 ──血が滲んでいるということは、姉さんに殴り飛ばされた後、彼はもう一度これを手に取ったってことか? だとしたら……。


 訝しがってソワイエを見やるリュリュに、蜜が言う。


「それは店先に転がっていたのだ。おかしな形をしている故、何かと思い拾ってみたのだが」


「これは楽器なんです。彼がこれを弾いて、それでみんなの──」


 様子がおかしくなった、と言おうとしたところで、「牡丹が話せるようになった聞いたが、もしやそれが原因なのか?」と蜜が言い被せた。


 その余りに勢いづいた語気に怯んで、リュリュは思わず肩を竦めた。と同時に、その言い方がどこか引っかかった。


「待ってください。蜜さんの元へ行った時には、牡丹ちゃんはもしかして?」


 リュリュが訊くと、蜜は眉を顰めてああ、と頷き、


。話はレディーバードから聞いたよ。とはいえ奴の話ではにわかには信じられなかったのだが、本当に牡丹は口が利けるようになったのか?」


 と、少し興奮した様子でリュリュに迫った。


 リュリュは「姉さんを起こしてしまうといけないので」と、ある程度ソワイエから離れたところまで蜜を促した。ちょうど、リュリュが男の異能で眠らされた辺りだった。

 アナグマキッチンに背を向け、リュリュは責に任ずるように神妙な面持ちで語りだした。


「確かに、あの楽器の音を聞いてから牡丹ちゃんは話せるようになりました。けれどそれは楽器の力ではなく、彼の異能による影響です。それは間違いありません」


 蜜はやはりそうか、と険しい顔で腕組みをする。


「レディーバードの奴も似たことを言っていた。だがそれにしては、どうにも妙な異能だ」


「と言うと?」


「異能の力で牡丹を口が利けるようにした。仮にそうなのだとして、異能としては些か局地的に過ぎるような気もするのだ」


 ふうっ、とため息をついて頭を抱える蜜に、リュリュは「牡丹ちゃんだけではないんです」と言って続ける。


「レディは何というか、とても陽気な性格になりました。お調子者というか、楽天的な性格に。でもそれは牡丹ちゃんも同じでした」


「ではその者の異能は人を明るくさせ、然許さばかり興に乗じさせるものだと?」


 リュリュは俯いて小さくかぶりを振った。


「僕は違いました。むしろ怒りや焦りのような、負の感情に呑まれてしまったんです。そして姉さんが狂獣化してしまったのも、恐らくは彼の異能が原因です」


 それに、と付け加えて、リュリュは蜜の瞳をぐっと見つめた。


「牡丹ちゃんとレディは確かに明るく陽気になりましたが、それはどう考えても異常なものでした。姉さんが店にやって来て狂獣化した時、二人は全く恐れる素振りを見せないで、笑っていたんです」


 言いながら、リュリュは泣きそうになった。

 見るに堪えないほどの光景を思い出す辛さもあったが、それを誰かに──ましてや牡丹の兄である蜜に──伝える苦しさがあった。

 ともすれば危なかったかもしれない、という事実は、常日頃から妹を溺愛する良しの蜜を思えば尚更だ。


 蜜は堪らずといった様子でリュリュから目線を落とし、それからはっ、と何かに思い至った顔をした。


「リュリュ、その者の名を聞いたか?」


「い、いえ、彼はほとんど自分のことは話さなくて。ただ盲目で、自分は吟遊詩人だと言っていました」


「確かか? 他に何か気づいたことはないか?」


 間を詰めながら体まで前傾になっていく蜜に、リュリュはただならぬ気配を感じ取った。

 何か思い当たる節でもあるのだろうか。かと言って面識があるわけでもないだろうに、それとも──と考えている内に、リュリュは引っかかっていた記憶を思い出した。


「そう、言えば……妙なことを言っていました」


「どんなことでも構わない。話してくれ」


「牡丹ちゃんとレディが店を出て行く時、牡丹ちゃんがごねたんです。彼も一緒に来て欲しいって。そこで彼は牡丹ちゃんを諭したんですが、その時〝君の兄に斬られる理由が出来てしまう〟〝武家の娘が男と歩いては行けない〟と、そう言ったんです。武家の娘っていうのは、牡丹ちゃんが着物を着ているのを知って言ったのかもしれませんけど、それでも兄に斬られるというのは、蜜さん自身や二人の間柄のことを知っていなければ分からないはずじゃないかと思って。でも牡丹ちゃんは面識がないようでしたし……もしかして、蜜さんのお知り合いなんでしょうか?」


 話していく内に、蜜の表情からはみるみる色が抜け落ちていった。焦りと不安がが入り乱れた困惑の色だった。

 それから怪訝けげんそうに眉を顰め、蜜は白くなった顔で何かを振り払うようにゆっくりとかぶりを振る。


「そんなはずはない。知り合おうものか……」


 それは、まるでかのような口振りだった。


「もしかして蜜さん、彼の素性に検討が?」


 恐る恐る訊く。蜜はしばらく俯き加減で黙していたが、やがて頭を抱えながら口を開いた。


「その者は、派手な身なりをしていただろう?」


「え、ええ。確かにどこかの民族衣装のような服装で、他にも全身をがちゃがちゃ着飾っていました」


「圭角が多く掴みどころのない、雲のような男だっただろう?」


「……はい。その通りです」


 リュリュは真っ直ぐに蜜を見て言った。

 蜜はゆっくりと瞼を閉じ、深くため息をついた。


「君たちが会った男は、おそらく音魂おとだまだ」


「おと、だま?」


「流浪の吟遊詩人についた通称だ。曰く音を奏でる達人だと聞くが、よもや異能持ちだとは……」


 言って、蜜は「不味いことになった」と、大きな嘆きとてのひらを額に当て、冷や汗を滲ませた。


「何か危険な人物なのでしょうか?」


「その者にはな、音霊の他にも通称がある。今では其方の方が世に名を流している。〝国憑き〟と言えば君も分かるだろう? 大罪人として世界中から追われている男だよ」


 蜜の言葉に、リュリュは硬直したまま度を失った。

 国憑きいう言葉に耳馴染みのない者など、世界広しと言えどそうそういるものではないだろう。斯く言うリュリュ自身も、子どもの頃に父からよく言われた。

 言うことを聞かない子のところには国憑きが来るぞ、と。


 この世の者とは思えない悪人の姿で語り継がれるその名は、誰もが恐れる悪魔の名であり、或いは悪魔そのものでもあった。

 その通称通り、国憑きが訪れた国や街、果ては出会った人々に至るまで、誰も彼もがすべからく死に絶えると聞く。曰く、歩く呪詛のような男だと。


 ──そんな男が、どうしてこの街に。


 そう思いながらも、リュリュは実際に会った男の人となりを思い出してもいた。

 確かに、どこか人を煽り立てる皮肉めいたところはあった。初めに抱いた蛇のような印象も消えてはいない。むしろ深まった実感さえある。

 けれども牡丹に向けていた笑顔や、レディと自分に向けてくれた忠言の数々は、悪人の姿とは違う印象を受けた。


「本当に、彼は国憑きなんでしょうか?」


 吐き出した言葉が重たすぎて、リュリュは諦めるように項垂うなだれる。血が乾いて突っ張る肌が、やけにわずらわしく感じた。


「姿形を真似る模造品はいるやも知れないが、その本質を真似ることは不可能だろう。君たちに見せたという異能からして、十中八九そうではないかと私は思う」


 蜜は苦さを吐き出すように言った。

 仮に、もし本当に国憑きがコンコルディアに来たとしたならば、そこには破滅が待っているのやもしれないと、聡明な蜜には人一倍の焦りがあるのだろう。


「でも、あんなに若い人だとは思っていませんでした」


「それはどういう意味だ?」


「えっと、多分、蜜さんより少し上くらいの年齢だったので。何となくですけど、国憑きって言葉が大きすぎてそう思ったのかもしれません」


 リュリュの言葉に、蜜はまたも眉を寄せる。


「そんなはずはない。国憑きの悪名が轟くようになったのはここ十数年の話だが、彼の伝承自体は私が生まれるよりずっと昔からある。少なくとも七十は下らない老齢のはずだ」


「そ、そんな……じゃあ彼は国憑きではないってことですか? とてもそんな歳には見えませんでしたよ」


 やがて黙り込む二人の間に、土臭い青い風が吹いた。

 頭の上では木々がざらざらと音を立てて紅葉を揺らし、足元では閻魔蟋蟀がキリキリと鳴いている。


 暗い影を背負うコンコルディアの行く末を、二人はただ案じるばかりだった。


「此処でこうして考えてばかりいても仕方ない」


 しばらく続いた沈黙を先に破ったのは蜜だった。


「リュリュ、後のことは任せても大丈夫か?」


「え、ええ。蜜さんには何か考えがあるんですか?」


「私はその男を探してみよう。仮に国憑きなのであれば、問うてみたいこともある」


 少し寂し気な雰囲気を見せた蜜に、リュリュは下手くそな微笑みで頷き返した。自分に出来ることはない、と悟る時の胸裡きょうりは、情けないほどにきゅっと締まる。


「分かりました。お願い──」


 しますと言いかけて、背後からやって来る気配にリュリュと蜜はぞくり、と振り返る。


「よう、何やってんだお前ら」


 そこにいたのは剣侠けんきょうダリアローズ・シマノスフカその人であり、同時に最もこの場に居てはならない者だった。

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