第2話 悪の開闢

「難儀なこったぁ。こんな時代にまだ不良がいるなんてなぁ。」

医師はそう言って電子タバコを蒸していた。

これは内緒なと電子タバコを差しながらウインクをした。

「はぁ…。」

僕は包帯が巻かれた指をさすりながら答えた。

「まぁでも俺の能力でちょっとは治ったろ。いやぁ天職とはこのことだね。」

その医師の名札には甘鍵透と書いてあった。甘鍵の能力は治癒系の何かなのだろう。言う通り、医師にとって治癒は天職と言える。

「能力と言やぁお前さん、反撃はしなかったのかい?そりゃ、法律で禁止されてるとはいえ威嚇ぐらいはできんだろうよ。」

誰もが異能力を持つ世界、そこらじゅうで能力を使われたらたまったものではない。正式に国が、世界が異能力を認めた年から新たな憲法が設立された。

「公私問わず相手に危害を加える目的として異能を発動してはならない。」

これが組み込まれたのだ。

仕事の営利目的、生活での異能力なら問題ないが攻撃手段として異能力を用いてはならないということだ。

ヒーローを除いて。

「ヒーロー業務においてのみ、この公文は適応されない。しかし故意に殺傷してはならない。」

その後、ヒーローという職業が成り立ってからこの文が追加された。

まぁ色々割愛するが、とにかく自己防衛としても能力を発動するのを躊躇うのだ。

そんな常識が当たり前の世界。そんな世界でも身の危険を感じたら能力を発動してしまうだろうと言っているのはわかった。

「…ないんですよ。」

「はぁ?」

「だからないんですよ。僕には異能力が。」

甘鍵は電子タバコを吸うのをやめて目を丸くしていた。

「…聞いたことねぇな。能力がねぇなんて。対抗できねぇほど弱いもんなんか?それとも攻撃向きじゃなかったとか…」

「だから全くないんですよ!!!!!」

僕は苛立っていたのかもしれない。僕だって思いたくもなかった。能力がないなんて。忘れていた、ヒーローに憧れていたあの時の気持ちが蘇ってしまった。だから苛立ったのだと思う。

「…そりゃすまなかったな。でもないなんて事例は聞いたことねぇ。……お前異能力測定どこで受けた?」

「……勝狩中で受けましたよ。たしか中2ぐらいの保健の授業だった気がします。」

たしか、ではない。今でもちゃんとはっきりと覚えている。忘れもするものか。

夢が崩れる瞬間なのだから。

「勝狩中ね…あの時はー…お、あったあった。」

僕の出身中学を聞くやパソコンをいじり始めた。

「お、国立…あったあった。……やっぱ測定不能って書かれてんな…。」

その結果を見た後僕の方へ体を向けた。

「特別だが、俺がお前を見てやろうか。」

そんな事を言い出した。

「え、今更見たところで結果なんて分かりきってるじゃないですか。」

「まぁそう言うな。中学でやってる測定なんて結構ガバでな、複雑な能力ってのはテキトーに誤魔化すことが多いんだわ。後は自分で知ってけって感じの。しっかりした中学とかでは事細かく書くんだが……ほら、当時診断してた奴、この界隈じゃヤブで通ってる奴だわ。」

またパソコンと向き合いニヤニヤしながら喋る。

「俺もお前の異能力ってやつを知りたくなってきた。しょうもねぇ能力だったら別途で金を取るけどよ…なに、簡単にできる検査だ。今日中にパパってやってやんよ。」

悪い笑みを浮かべている甘鍵。

「…別に大丈夫です。今更聞きたくもないですし、お金もないし。」

正直僕に異能力があるなら喉から手が出るほど知りたいのだが、今までの自分を否定することになるのが嫌だった。くだらない意地を張っていたのだ。

「んだよ連れねぇな。そこまで下がられると余計気になるじゃねぇか。な?ちょっと血をとるだけだろ?減るもんじゃねぇし。」

異能力検査と言うのは案外あっけなくて、血液を採取することで簡単にわかるのだ。でもなんか…そこでまた測定不能と言われるのが怖かった。再度あの絶望を味わうのは怖かった。

「わかったよ。今回の医療費もまけてやる。俺のポケットマネーからな。それでどうだ?」

そこまでする理由もわからない。逆に怖い。

「…なんでそこまでするんですか。僕なんて毎日相手にする患者にしか過ぎないでしょう。」

「いやー…無能力者なんて初めて出会ったからなぁ。俺の興味がすんげぇ唆られている。これでお前に帰られたら仕事に集中できねぇ。それぐらいだ。」

目を輝かせながら僕に言う。正直医療費が安くなるのは助かる。常に金欠でいる僕にこんな出費は考えてもいなかったから…。

結構な時間考えた挙句、

「ちゃんと医療費まけてくださいよ?それが条件ならいいです。」

「よしきた!!!!ほれ腕を出せ!」

僕の返答を聞くやいなや、すぐさま血液採取の準備に取り掛かった。

絶対僕が嫌って言ってもやってだろうなというほどのスピードであった。


血液を採取しながら甘鍵は僕に話しかけた。

「お前、ヒーローとか目指してなかったのか?」

他愛もない会話をしようとしたと思うのだが、その言葉が1番僕に刺さる。

「…そりゃ目指してましたよ。測定不能という結果が出るまでは。」

「…そうか。この仕事も考えもんだな。毎日何百人と相手する中で、ガキの夢を壊しちまうんだから。……責任の重さを考えたら4倍ぐらいの給料でもいいんだけどな。」

笑いながら話す。すぐに摂取は終わって、結果は今日中に出るから病室で楽にしとけやという言葉を背に、僕は病室へ戻った。

少しの期待と、大きな不安、そして絶望に対する備えを胸に。



病室ではスマホをいじるぐらいしかやることはなかった。だが結果が来るまではソワソワしていた。

余計な事をしてくれた。あんな事をしなければ僕は数日まったり病室で過ごした後退院する予定だったのに…。まぁ、受けたのは僕だけど…。やることもなかったので、寝ることにした。バイト三昧の日々、久々にゆっくりと寝れると思った時には僕の意識は夢の中にいた。





コイツ、ヒーローぶってんのに異能力ないんだってよ!!!!

おいおい、そんな人間いんのかよ!!あ、こいつ能力ねぇなら人間じゃねぇか!!!俺の能力で火炙りにしてやろうか!?


能力あるだろコイツ、『掃除手伝い』!それか『宿題代行』か?アハハハハッ!!!!


国立、いい加減まじめに進路希望出しなさい。…はぁ。能力測定不能って出たんだろ?先生そんな人見たことないけどヒーローはさすがに無理だろう。知ってるか?先生の好きな『エッジマン』はな、中学の時から…


うるさい。やめろ。黙れ。こんなもの見せるな。忘れたはずだ。こんな夢見せて何になる。大丈夫、もうヒーローを目指す僕はいない。ヒーローになれないなんてわかってる。

やめてくれ、夢で夢を見させてくれ。やめろ…やめろ…やめて…。





「国立さーん…国立さーん。」

看護師の声で僕は目覚めた。

「国立さん、ひどい汗ですけど大丈夫ですか?」

「あ、はい…。大丈夫です…。」

「甘鍵先生が呼んでいましたよ。至急来てくださいって。」

僕は看護師の後に続いて甘鍵の所へ向かった。期待はしていない。あんな夢を見た後だ。もう僕の心の中には灯火すら残っていない。



部屋に着くと看護師は一礼して出て行った。

甘鍵は隠していた電子タバコにスティックを挿し振動するのを待ち一服してから話始めた。

「…まぁ、そりゃ中学の時には測定不能って出るわな。」

その言葉と共に何枚かのプリントを僕に渡した。

僕は受け取って紙を見たが、見たこともない数字と英語が羅列してあった。

「ふぅ…。国立、お前には異能力がある。」

電子タバコの煙を吐き出し僕に向かって言った。

僕はその言葉を理解できずにいた。

検査をした時、異能力があればいいなと思った。些細な能力でもいいからあればいいなと。だがそんな期待は、味わってきた絶望や人生の比率と比べると小さいもので、結果は以前と同じように測定不能と思っていたからだ。

もういっそ測定不能であってくれればよかった。

淡い夢をもう一度見なくてすむ。


「今…なんと?」

「だからお前にはあんだよ、異能力。しかも弱過ぎて測定できねぇとかそういう理由でもなかった。」

紙をめくれという合図に従って2枚目を見た。

そこには1枚目と同じように数字と英語が書いてあったが、僕にも読み取れる日本語があった。


『略奪者』


「そりゃ今のお前は異能力がないに等しい。それはお前の異能力の特徴だ。こんな能力は初めて見た。もう医療費なんて全部俺が出すぐらいのな。」

いや、多少は貰うがな?とニヤリと笑う甘鍵。

「…この略奪者って…。」

「お前の異能力に名前をつけた。この名前がピッタリだと思ってな。」

煙を吐き出し、吸い終わったスティックを携帯灰皿にしまってから僕の方を向いて、ニヤニヤした…今度は悪い笑みを浮かべたまま言った。



「お前の異能力は」


「『殺した人間の異能力を奪う』能力だ。」

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