ヒーローアンチテーゼ

ろぐ。

第1話 灯火が消えた日

僕は小さな頃テレビで見ていたヒーローに憧れた。

「悪は必ず滅びる、私に正義の心がある限り!!!」

テレビの中のヒーローが、悪党に向け放つ台詞は幼かった僕に情熱を与えた。

「お母さん!お母さん!僕も『パーフェクト』みたいなヒーローになる!!!」

僕を膝の上に乗せた母は、優しく僕の頭を撫でた。

「そうね…真緒がヒーローになったら、お母さんを助けてくれる?」

「当たり前だよ!まずいっぱいお金を稼いで、美味しいご飯をお母さんに食べさせてあげるんだ!それでね、悪い奴いっぱいやっつけてお母さんがもう泣かなくていいようにするの!それでねそれでね…」

「真緒…その気持ちだけで十分だよ…。真緒…ありがとね……。」

母は泣きながら僕を抱きしめた。

今思えば母には悪いことをした。察していたのだ。僕はヒーローになんかなれやしない。

だが子供の僕の夢を頭ごなしに否定などできるわけがない。

無垢で穢れのない眼差しを母は受け止めきれなかったのだ。

知っていたのだ。僕の異能力ではヒーローなど到底なれやしない。

その事に僕が気づくのに、10年はかかった。






「いらっしゃいませー。…あ、トイレですか。入って右手にございまーす。」

とあるガソリンスタンドで僕は働いている。正社員ではなくアルバイトだが。ヒーローが正式に仕事として決議されてから数年、あらゆる仕事がヒーローに任され、就職氷河期というものが訪れた。その影響を溢れる事なく受けた僕は大学を卒業して受けた企業…20社から数えるのを辞めた。幸い、ヒーローのおかげで経済が潤ったのか給付型奨学金のハードルがぐっと下がったので学費には困らなかった。元々貧乏な家、さらに片親だったので金銭面で迷惑をかけるわけにはいかなかった分勉強は頑張った。

23歳国立真緒。無職。なんて肩書きだ。

「国立くーん。僕タバコ吸ってくるから、表任せるね。」

「あ、店長。かしこまりました。」

ガソスタというのは勝手にガソリンが出てくるわけではなく、中で乙4免許所持者が許可を押さなければ出てこないシステムになっている。なので1人は必ず表にいなくてはいけない。僕が免許を取ったことをいい事に、店長と2人になると中仕事以外店長は裏でタバコ吸ってスマホで動画見て挙句は寝てる。

「…損な役回りしかしてないな僕。」

このガソスタに始まったことではない。

少中学校ではヒーローに憧れていたのもあり、人助けを率先していた。だが、その年頃の人助けなど高が知れている。

宿題を見せる。掃除を代わりにする。先生のプリント配り…細かいことを挙げていったらキリがない。

便利屋として扱われていた。そして尚且つ友人もいない。…都合のいい時だけ友人は沢山できたが、用が終われば関係は無くなる。

うだつが上がらない人生だ。

何か人生の機転が訪れれば…と機会を伺いながら繋ぎとして受けたガソスタで怠惰な日々を過ごしている。

何か…こう何か。具体的に何もないのが現代の若者っぽいなと思った。

昔は何を目指していたっけと思うのは就活の時期に辞めた。

僕に関してはヒーロー一直線だったから。ヒーローを志すのを辞めたのは高校に入ってからだ。

誰もが異能力を持つ世界で、異能力が目覚めるのは個人差はあるが第二次性徴期と言われている。つまり中学生ぐらいで身体的に現れる。

当時の僕はワクワクしていた。どんな能力が目覚めるのだろう。昔見た『パーフェクト』というヒーローのように悪党に決して屈しない、最強の能力が欲しいと切に願った。

だが、僕の能力は中学3年になった歳でも[測定不能]と出た。

医師曰く、「能力が無いなんて事例は聞いた事がないので、なんらかの異能力はあると思う。だがそれが測定できないほど微弱なものかあるいはまだ発現していないかのどちらか」だそうだ。

最初はまだ信じられなかったが、高校生になりそんな薄く擦り切れた夢を見るよりかは、目の前の勉学に励んだ方がマシと自身の夢にケリがついたのだ。

今になっても僕の能力はわかっていない。

もう病院で検査してもらう事もしていない。そんな時間も金もないのだ。二度と『パーフェクト』にはなれない。そう思うと胸が少し痛むが、現状の方が酷いので気にならない。

家賃3万のボロボロのアパートにカップ麺と2Lのお茶を買って帰る日常の方が酷いだろう。


「あ、そうだ国立くん。客少ないから8時で上がっていいよ。」

「あー…はいかしこまりました…。」

店長の人件費削減のやり方だ。

元々12時までのシフトが4時間削られるのはキツい。だが僕は反論できずに、着替えて職場を後にした。


とぼとぼと歩く帰路。いつものコンビニ。いつものカップ麺。棚にはいつものヒーロー商品が並んでいた。

「っしたぁー。」

やる気のない挨拶を背中で受けながら後にする。

灰皿の周りには柄の悪い連中が座り込んでタバコを吸っている。

「そしたらよぉ、あの女騒ぎやがって。うるせぇから鳩尾をこうっ…ってよ。そしたら黙り込んでやんの。のくせして下は濡れてやがってよ。……」

胸糞悪くてそこからの会話は聞かないようにした。いつもは買い物した後ここで一服するのが流れだったが今日はやめる事にした。

ヒーローが蔓延るこの時代なのにこういった輩はいなくならないのだな。

ヒーローも小悪党は相手にしない。人々が、話に出てくる女性が成敗して欲しいのはこの男達だというのに。

その気持ちが目に現れていたようだ。

「テメェ何ガンつけてんだよ。」

「あ?今お前のこと見てたか?」

「あぁ見てたよ。クソが。…おいコラァ。」

固まってた3人組会話した後立ち上がり僕を囲む。

「いやガンなんかつけて…」

「ハァ?なんだコイツ。」

会話が通じない。

「いやだから」

そうの後の言葉も間も無くお腹にパンチをもらった。

「〜〜〜〜ッッ」

ヒーローを…ヒーロー…

ポケットのスマホに手を伸ばす。

警察の110番と一緒でヒーローの緊急番号もある。それに電話しようとした。

「呼ばせるかよ。」

そのポケットごと男は僕の腿をローキックした。

丸めていた指が変な方向に曲がっているのがわかった。

苦痛に顔を歪ませ、目から涙を流しながら残った手を後頭部を守ることに使った。

そのまま3人にリンチされている間に、コンビニの店員が警察に電話してたようだ。サイレンが鳴り響く。

「やべっ!逃げろ!」

その音に気づいた3人はバイクで逃走した。

ナンバーは確認したが、それがなんだ。結局僕が何かできるわけがない。

この状況で、ヒーローは小悪党を相手にしないとか思っておきながらヒーローに助けを求めていた。

「だ、大丈夫っすか?」

店員はもっと早く駆けつけれたはずだ。だが来なかった。別に責めているわけではない。

同じ状況なら僕もそうする。…ヒーローに憧れていたくせに。

なにがヒーロー社会だ。良くも悪くもヒーローが法人化してから変わってしまった。

金にならない仕事は受けない。そりゃそうだ。仕事だもんな。

……。

これが僕の目指したヒーローか。

少年の頃から心に灯った情熱の火が、今まさに消えてしまったような感覚だった。

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