第2話

 ゴブリンの一団を壊滅させてから二日後の朝。

 昨夜は遅くにアルヒエンドに帰って来たぼくは、朝一でギルドに向かっていた。



 アルヒエンドには、街の中心部から東西南北に向けて十字に走る大通りがある。この通りには大通りを二つに隔てている大きな水路が流れている。その水路のかたわらには街路樹が立ち並び、人が歩くための歩道が整備され、腰ほどの高さの石造りの柵とベンチなどが設置してあり、人々の憩いの場となっている。

 この水路の水は北の山脈から南へと流れる大河から引いた清らかな水だ。年中を通して豊富といえる水量を誇り、この水路から街中に大小様々な水路が張り巡らされ、アルヒエンドの街には欠かせないものとなっている。


 季節は夏だ。雪解け水となる水路の水は夏場でも冷たい水温を保っている。そこに街路樹が落とす木陰が広がっていて、石造りのベンチに腰掛ければ涼をとることができる。


 大通りが交差する街の中央。水路は地下を通る構造となる場所。

 円形の大きな中央広場は、朝から晩まで休むことを知らない蟻の大行列のような有様だ。その広場の中心に聳え立つ一際高い鐘塔には、規則正しく時を刻む魔導具が設置してあり、鐘撞き人が一時間おきに数字の数だけ鐘を打ち、ときを告げている。アルヒエンドは規則正しく時間が流れる街だ。


 このアルヒエンドではどんな馬車も、騎乗者も、速度を落として通行せねばならない。それは貴族であろうが王族であろうが同じだ。仮に権力を傘に横暴な振る舞いなどしようものなら屈強な衛兵がすぐに駆けつけ徹底的に街から排除する。その時、仮に抵抗を見せようものなら王族であろうとも今後一切の立ち入りを断固として拒絶している。この街は権力に屈しない街としても有名な街だ。



 そんな街に存在する冒険者ギルドは大きな建物だ。

 耐熱性の高い石材で造られた頑丈な壁は白に近いクリーム色。同じ素材から造られた丸い柱が立ち並ぶ建物正面に側にはひさしが迫り出している。廂の上には自由と冒険を意味する鳥とコンパスの意匠が施された看板が掲げられていて、誰が見ても一眼で冒険者ギルドだと判るようになっている。


 重厚な扉を抜けた先、入口正面には受付カウンターが並び、美人揃いの受付嬢たちが多くの冒険者や依頼主の相手をしている。

 右手の三つは基本的に依頼主専用のカウンターとなっていて、ぼくら冒険者はその他で依頼を受けたり報告などの手続きを済ませる。


 一階部分には受付の他に、依頼書が張り出された掲示板や、食事も可能なレストランが併設されていて、丸いテーブルと椅子が無数に並べられている広い空間となっている。二階の天井まで吹き抜け造りとなっているので天井も高くて開放感のある場所だ。この場所は食事をしなくても利用が可能で、休憩や軽い打ち合わせにも使われていて何時いつ訪れても数組の冒険者の姿がある感じだ。

 二階へと続く階段は一階部分の左手奥。受付カウンターとレストラン厨房を隔てるような位置に存在する。

 吹き抜け上部の左右に続く通路からは一階全体が見下ろせるような構造だ。そこにはギルドマスターの執務室や、軽い勉強を行う部屋。あとはギルドが所有する蔵書などを保管管理している部屋などがある。


 そんなギルドに入ると受付に、この数日間の討伐証明を提出し、その報酬を受け取った。それから色々と報告も済ませてから今日の依頼を受け、ステータスの鑑定も、ついでに行うことにした。

 ステータスを鑑定するために使用する部屋は二階にある。一度の利用料金は銀貨一枚。なかなかバカにできない出費なので頻繁には利用できないのが悩みどころだ。


 個室に入り、指輪型の鑑定用魔導具を使用して自身のステータスを確認すると、驚いたことにレベルは一気に二つも上がっていた。


 Name.Scarecrow

 Level.12

 Skill.


 これでようやくレベル十二だ。多くの数を相手にしたこともそうだけど、レベルが一気に上がったのは強敵に勝てたことが大きいと思う。残念ながらスキルは何一つとして増えてはいなかったけど、一気にレベルが二つも上がったことは大きな進歩だった。


 その後、レベルが上がっていたことをギルドに伝えると、ぼくの冒険者ランクが一つ上がることが決定された。


 今日は新人冒険者を卒業することとなった記念すべき日だ。手続きが終わるまでの時間をテーブルに座って待つ間に、受け取った報酬などを整理しつつ周囲を何気なく見渡す。


 まだ薄暗い早朝。ギルドの中は既にそれなりの賑わいをみせている。

 多くの冒険者の姿はあれど、ぼくのように一人きりという冒険者は早々いない。周囲にいる冒険者は皆、何かしらのグループに所属している人たちばかりだ。


 ぼくも、この街に来て、何度かパーティを組んだことはある。けど、どれも良い思い出とは言い難い内容だった。


 結局、荷物持ちとしてしか扱われなかったパーティ。窮地に陥いると即座にぼくを切り捨てる判断を下したパーティ。男女混成のパーティでは男性陣から反感を買ったようで、鍛錬と称して暴力的な制裁を受けたりした。そんなことが何度も続いたので、今ではパーティを組もうなんて考えないようになっていた。


 この街は様々な種族に溢れた街だ。でも、ぼくと同じ種族で冒険者をやっている人は少ない。そんなことを思い出していると久方ぶりに孤独感に苛まれ、出かかった溜息を呑み込むと、テーブルの上に乗せたバックパックに視線を戻した。



 受け取った報酬。ゴブリン一体あたりの討伐報酬は銅貨三枚だ。今回は五九体分の耳を回収してきているので銅貨一七七枚の報酬となる。

 それと、ゴブリンの上位種が一体。こちらは一体で銅貨二〇〇枚の報酬に相当するそうで、合計で銅貨三七七枚となった。一度に銀貨四枚近くも討伐報酬として受け取るのは初めての経験だ。

 過去最高額となったのは実に喜ばしい。でも、これでもまだマイナスだ。加護スキルを一時的に授かる時に女神様に銀貨五枚を供物として捧げているので、素直に喜ぶことはできなかった。


 なんとも言えない気分を鼻から吐き出した息で紛らわせ、新しい冒険者証を受け取った。その足で向かったのは、ゴブリンの集落から回収してきた戦利品を売買するための場所だ。


 戦利品を拾った場合、売る方法は大きく分けて二つある。

 一つはギルドと契約している信頼のおける商人が営む店で売り払うか、自ら鑑定士を訪ね鑑定を依頼し、その後に然るべき場所で売却するかだ。


 前者のメリットは鑑定料金が掛からない点と、即日現金を手にできる点。

 後者のメリットは鑑定料金は掛かる分、見た目だけでは判断できない優れた能力を秘めた武具やアクセサリー、アイテムなどが含まれていた場合、かなりの高額で売り払うことも可能だという点。

 一見して後者にしか大きな利益がないように思えるけど、実はそうとも言い切れない。


 一口に鑑定と言っても、精度が高い鑑定が可能なカテゴリーには個人差がある。

 武具が得意な人。装飾品が得意な人。植物などが得意な人。魔物の素材が得意な人。鉱石類が得意な人。遺物と呼ばれるような古いモノが得意な人。魔道具関係が得意な人。呪いなどが得意な人。実に様々だ。

 なので、鑑定を依頼した物によっては時間が掛かる場合も当然ある。アルヒエンドに専門的に鑑定できる鑑定士がいないという場合もあるからだ。

 そのうえ、同じカテゴリーが得意な人でも精度に違いもあったりする。これは鑑定という能力のレベル差によって生じる違いだ。熟達した鑑定士なら判断できる内容でも、まだ新人といえる鑑定士だと判別を付けられないといったことも起こる。

 そのうえ、鑑定料金は割と高い。相場は一つのアイテムにつき最低で五〇〇〇ルクスほどは掛かる。もし、一〇個のアイテムを鑑定士に依頼した場合は最低でも銀貨五枚ほど手数料が掛かり、その結果が銀貨三枚程度の売り上げだったならば収入はゼロ。寧ろマイナスで銀貨二枚の支出となってしまう。鑑定したアイテムのレアリティ如何いかんによっては鑑定料はさらに高額となり、支出だけが嵩んでしまう場合も多い。

 そのため、普通はギルドお抱えの目利き商人に品物を見せ、その人の言い値で買い取ってもらうのが冒険者界隈は一般的だ。ぼくも先人たちにならい、そのお店へと向かっていた。


 その店は何かの商店というよりは、ガラクタを置く倉庫のような有り様の、統一感の一切ない店内をしている。建物自体も相当に古く、外壁となる木材の壁には、至る所に修復された新しめな板が打ち付けてあったりする。ツギハギだらけなボロっちい店構えだ。だからといって侮ってはいけない。店構えが古いイコール信頼できる店である場合が多いからだ。


 店内に入ると所狭しと高い棚が並んでいて、そこに乱雑に商品が陳列されている。その狭い通路を通り、入口正面のカウンターを真っ直ぐに目指した。


「おはようございます、モリス爺さん」

「おお、坊主。まだ生きとったんか」


 モリス爺さんは白髪の総髪と口髭が特徴的なお爺さんだ。身なりはきちんとしていて襟元には蝶ネクタイをしている。それと、口に咥えている使い込まれたパイプがなんとも味があって良い色艶と雰囲気を醸し出している。皺が深く、職人気質な顔立ちで、まさにベテランといった佇まいのお爺さんだ。よわい八〇にして記憶力が良く、大抵の場合は一度顔を見せると覚えておいてくれる。入れ替わりも激しく、数多くの冒険者が訪れる中で、一人一人の顔と名前を覚えているのだから尊敬の念しか浮かばない。


「モリス爺さんも、お元気そうで何よりです」

「まだまだ死なんさ。んで、今日は何を持って来たんじゃ?」

「ちょっと多いですけど、ここでいいですか?」

「構わんよ。見せてみな」


 カウンターの端にバックパックを乗せ、中から色々と拾い集めた戦利品を取り出していく。一つ取り出す度にモリス爺さんは手に取り眺め、匂いを嗅いだり、魔導具の明るい光に当てて眺めたり、ルーペを嵌めて細かい部分を確認していた。それが一通り終わると、店の奥に「おーい」と呼び掛ける。そうして奥の扉を開いて店内に現れたのは、まだ若い年代のモリス爺さんの曾孫さんだ。


 会話の冒頭で言った「まだまだ死なんさ」は、健康だから死なない。という意味ではない。むしろ逆の意味で、そろそろ自分は死ぬかもしれないけど後継者を育てるまでは死ねないという意味だ。

 よく口に咥えているパイプは、実はもう長い間使っていないパイプだ。半年ほど前に身体を悪くして暫く寝たきりになってから煙草を辞め、今はその名残りでついつい口に咥えているってだけになる。ぼくが言った「お元気そうでなりよりです」は社交辞令なんかじゃない。本心から出た言葉だ。ここが無くなってしまうと困る冒険者は多い。


「ジェス。査定をしてみなさい」

「はーい」

「すまんがちょっと待ってておくれ」

「ええ、構いませんよ」


 これはいつもの光景だ。

 モリス爺さんの息子さんは六〇歳を超え、その息子、孫にあたる人の年齢は四〇歳手前。そして曾孫のジェスさんは十代後半の女性だ。

 少し生意気そうというか、ツンとした小鼻にかかるそばかすが印象的で、大きなグリーンの目を持つ癖っ毛の女の子。髪型は両サイドに結い上げていて、少し暗めの金髪はボリューム感がある。


 ジェスさんは真剣な表情で一つ一つを手に取っては片眉を吊り上げたりとしながら査定金額を出していき、全てが終わると試験の合格を待つ子供のような顔でモリス爺さんを見る。お爺さんは一度息を大きく吐き出すと、査定に問題があったらしい二つの小手を手に取った。古ぼけていて傷や汚れも多くあり、裏に張り付けてある革もボロボロの小手だ。ぼくの目利きによれば銀貨二、三枚なら文句無しで売りの商品だった。


「これを銀貨三枚としたのはなぜじゃ?」

「えー、だって、古いし、修繕も必要でしょ?」

「ふむ。確かに修繕なくしては商品にはならんな。でもじゃ、ここをようと見てみい」

 そう言ってお爺さんは小手を裏返しボロボロになっている革の一点を指差す。

「焼印があるじゃろ」

「……えー。わかんないよ」

「表面を見るんじゃない。光を当てて陰影で見るんじゃ」

 言われた通りにジェスさんは確認していたけど、結局わからなかったようだ。

「この焼印は隣国の国章じゃな。しかも騎士団の徽章まで入っておる」

「ふうん」

「ということはつまりじゃ、加護を授かっておる可能性が高い。わしの見立てでは銀貨二〇枚……と言いたいところじゃが、修繕費やサイズのことを考えて銀貨一五枚ってところじゃな」


 これは嬉しい誤算だ。全てを売ってマイナスがトントンになればと思っていたのに一気にプラスに転じた。これで、この一年間目標に掲げていた金額にどうにか手が届いたことになる。

 この日の合計の買取額は銀貨一七枚。その他に持ち込んだアイテムはガラクタ同然の物が多かった。小手の次に高値が付いたのは耳飾りで、それが銀貨一枚を少し超えた程度だ。


 買取りを済ませると暫くモリス爺さんとジェスさんと会話し、乱雑に並べられた商品中から一つのアイテムを購入することにした。


「銀貨一七枚も手にしておいて相変わらずの節約っぷりじゃな」

「まだまだ贅沢はできませんから」

「……それ、絶対売れないから私の部屋に置こうと思ってたのに」


 全体的にひしゃげ、ガラスの全てを失ったランタンを銅貨五枚で購入し、安い油も購入しておく。芯を替える必要もなさそうだし、良い買い物だったなと店を後にした。


 次に向かったのは鑑定士のお店だ。武具の鑑定をメインとする鑑定士で、多くの冒険者が訪れる店でもある。早速、拾ったばかりの新しい相棒の鑑定を依頼してその結果を待った。


 鑑定が行われるのは別室で、暫く待っていると詳細が書かれた羊皮紙を持って店番をしている女性が現れる。鑑定料金はその時に支払い、代金と引き換えで鑑定を依頼した武具と羊皮紙を受け取ることになる。

 この時に支払う金額によって、どの程度のレアリティの物だったかは判断がすぐに付く。今回支払った金額は銀貨一枚。通常の品より品質が高いことだけは確定していた。


 店を出て、誰もいないところでその内容を確認する—————




 Rarity.Hi-common

 Weapon level.37

 Equipment level.12

 Category.Scimitar

 Material.Steel

 Basic performance.

 Attack.113, Sharpness.92, Robustness.133, Durability.113/130,


 全ての武具や装飾品には、このようなステータスが存在する。

 武器や装飾品としての完成度といえるレベル。

 その性能を十全に引き出すために装備者側に求められるレベル。

 分類。素材。そして基本性能。

 武器は、攻撃力。鋭利さ。頑丈さ。耐久値。の四つ。

 防具は、防御力。頑丈さ。重量。耐久値。の四つ。

 装飾品は、防御力。魅力度。頑丈さ。耐久値。の四つが存在している。

 これらの基本性能は耐久値以外、基本的に変わることはない。


 頑丈さは武器でいうならば折れ難さになる。防具でいうなら破損し難さになる。

 耐久値は装備品の寿命を表し、これは修繕を行うことで数値を回復することができる。但し、大きく数値を減らしてから修繕を行うと最大値が減少し、どんどんと寿命は短くなっていく。こまめなメンテナンスが大事だ。また、耐久値が最大限に残っているからといって壊れないわけではない。頑丈さを超える強力な一撃を受けた場合などには、その一撃で修復が不可能なほどに破損することは当然ながらある。


 このように武具は攻撃力や防御力といった基本パフォーマンスを各装備が持っている。そのため良い武器や防具を装備することは即ち強さに直結する変化をもたらすことになる。





 ————鑑定内容を確認して思わず拳を握った。

 拾って手に入れた物の中では破格と言える性能を持った武器だ。


 階級は上等級。前回の相棒は一般級だったのでワンランク上になる。

 当然、全ての数値において前回の相棒を上回っている。特に、攻撃力は倍以上も高い数値だった。

 前回の相棒は一般級の中ではかなり丈夫な剣だったけど、その代わり攻撃力や斬れ味が最低品質といえる性能しかなかったので、一般級のワンランク下の下等級とそこまで変わらない武器だったんだ。新しい相棒も頑丈さ寄りではあるけど、この頑丈さでは破格といえる強さを秘めた剣だと言い切れる。

 多少剣の長さは長めだけど、重さは今のぼくにぴったりと言えるし、装備可能レベルも奇しくも今のレベルと同じだ。なにか運命めいたものを感じながらポケットに羊皮紙をしまい込むと、別の商店を目指して街を歩いて行く。



 アルヒエンドのメインストリートと言えるのは、本来は東西を貫く大通り、その西側となる。けれど、最も馬車の通行量が多いのは、南北に走る大通りの方だ。

 何故、西がメインかというと、西にこの国の王都が存在するからだ。この国の貴族や王族が来るとすれば西からで、南北の道は他国に繋がっている。

 そのため、巨大な西門から中央広場までの通りには豪華な宿や商店などが多く、こちら側は隘路あいろよりも広めの道が多い。


 冒険者ギルドは街の東南区画にあり、大迷宮へと繋がる入口はギルドと大通りを挟んだ正面、東北側に存在している。

 この東に続く通りの突き当たりにある東門を抜ける馬車は基本的にいない。その先は危険な大密林だからだ。東門の内側は半円形を描く広場になっていて、出発を待つ定期便となる馬車などの待機場所ともなっている。ぼくが泊まっている宿もこの辺りだ。


 馬車の通行量が最も多いのは北門だ。次いで南門となる。

 街を出て北に暫く進み、そこから北東方向へと進めば最も近い国境があり、この道を行き交う主な馬車は商人などの馬車になる。その中の幾つかの馬車はアルヒエンドを経由して南へと抜けて別の国に行くことも多い。またその逆も然りだ。ただ、西へと向かう馬車はそれほど多くはない。何故なら王都までかなりの距離があるからだ。

 この西門を利用するのは大半がこの国の貴族か、お抱えの商人ばかりだと言っても過言ではないかもしれない。


 ギルドの近くの鑑定士店を出て向かったのは北東区画。その少し奥まった場所にある鍛冶師が経営する武具店だ。

 店内に入ると店の奥から聞こえてくる鎚の音がなんとも心地良い。店番をしている店主の奥さんに用向きを伝えてから鑑定した剣と、折れてしまった剣を託して店を後にした。


 そうして向かったのが、今日の依頼だ。


 街の一番北側の壁と隣接するように建てられた大きな建物。建物の左右に五つずつ並ぶ大きな水車と、二本の高い煙突が特徴的で目印でもある建物だ。その一階部分は巨大な大衆浴場になっている。二階部分から上は宿となっていて、湯浴みだけの利用が可能な庶民に人気の憩いの場所だ。


 今日の依頼内容はこの巨大浴場の掃除などになる。怪我が完治していない状態でやるなら適当な仕事の一つだ。

 正面の入口を入って右が男性。左が女性用の浴場となっていて、入口入ってすぐの階段を登ると宿へと続いている。


 番頭の男性に依頼書を見せ荷物を預けると早速、一旦外に出てから店の裏手に周り湯沸かし場の掃除から取り掛かった。


 水車によって汲み上げられる水を一機分だけ取り入れながら水の流れる水路からブラシを使って磨き上げていき、湯を沸かすための巨大な釜の中も長い柄のブラシで磨き上げていく。この釜は三つ並んでいて、一度に大量の湯を沸かせるようになっている。

 釜の全てを綺麗にし終わるとバケツを使って釜全体を洗い流し、次は釜らか浴場へと続く水路の掃除に取り掛かる。それが終われば女性用の浴場へと移動する。

 湯沸かし場から続く水路を磨き上げていき、ブラシが届く範囲の壁なども綺麗に磨くと、次は身体を洗い流すお湯を張っておく浴槽の中を綺麗にしていく。全てが終わると水とブラシを使って洗い流していき、次に取り掛かる。

 少しザラザラとした質感の石畳みの床をブラシで磨き、大きな浴槽も磨き上げると全体を水で流してようやく女性用の浴場が終わりだ。掛かった時間は四時間ほど。一旦長めの休憩を挟んでから次の仕事に取り掛かった。


 男性用の浴場を洗っている人もいるので、次の仕事は薪割りだ。店の裏手にある大量に積まれた丸太を一定数用意してから斧を手に取る。片手で握れるほどのサイズの薪を三分の一ほど。その他は大きめなサイズで割っていき、全てを割り終えると湯沸かし場へと運ぶ。その頃には釜の中には水が張ってあり、運び終えると再び休憩となった。


 時刻は十五時を少し回った頃だった。火入れにはまだ少し時間がある。

 ならばと、朝に寄った鍛冶屋へと足を運び、頼んでいた物ができたかの確認へと向かった。


「こんにちは」

「あら、いらっしゃい。できてるよ」


 二十代後半といった年頃の店主の奥さんがカウンター奥にある棚から預けていた剣を手に取る。カウンターの上に置かれたのは、真新しい鞘に収まった状態の剣だ。

 つかに巻かれた真新しい革。握ってみるとしっくりと手に馴染むような感じがした。新しく作られた鞘も申し分ない。鞘から剣を引き抜くと、澄んだ輝きを放つ刀身が姿を現す。


 拾った状態では刃毀はこぼれもあり燻んでいた刀身。それが嘘のように美しく整えられ、まるで新品のような輝きを放っていた。そんな状態になった剣を暫く眺め「おいくらですか?」と尋ねると「銀貨五枚だよ。下取り分は銅板五枚ね」と言われた。


 戦利品の売却で銀貨一七枚。魔物の討伐報酬でおよそ銀貨四枚。下取りでプラス銅板五枚。剣のメンテナンス代で銀貨五枚を持っていかれたとしても大きくプラスだ。目標だった貯金額にもギリギリで手が届いている。


 銀貨五枚を支払い、銅板五枚を受け取る。

 腰のベルトから提げてみて、抜く動きに不都合がないかなどを確認してから浴場へと戻った。


 火入れをするのは午後四時からだ。そこから一時間ほどで浴場は解放される。

 お風呂に入りたい気持ちもあったけど、水を使う仕事をしていたし今日はいいかと仕事を終えると真っ直ぐに宿へと戻った。

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『Life』 @Jqn

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