第66話 再生不能なD.N.A
──さて、ここで久方ぶりに、この小説の大元の主人公であるナルシスこと水無月夕貴にご登場願おう。
この青年は、職業訓練校の冬休み期間を利用して、ある科学書を読んだ。
ジェームズ・D・ワトソンとアンドリュー・ベリーの『DNA』である。
この本は、遺伝子研究の歩みについてヒストリカルに描いた良書だが、ここで青年はある記述に引っかかった。
それは、生物には「ゲイ遺伝子」とも言える同性愛の遺伝子が存在するという記述だった。
曰く、同性愛の傾向は生まれつき遺伝子によって決定されており、同性愛者は生まれた時点で宿命的に同性愛者であると言うのだ。(なお、最新の研究ではこの説は否定されており、人の性的指向に強く関わる特定の遺伝子は存在しないとされている。)
これを読んだ後、青年にある直観がひらめいた。
もし仮に「ゲイ遺伝子」なるものが存在するならば、ヒトの遺伝子を組み替えることで、人為的に同性愛者を増やすことができるのではないか。
青年が夢見た同性愛者の楽園を造り出すことができるのではないか。
この夢想は青年に束の間の希望と、安楽を与えた。
この夢想に浸ることは、青年の心を羽ばたかせた。
人はどれだけ荒唐無稽な絵空事でも、それが自分の現状に救いをもたらす蜘蛛の糸ならば、全力で縋ってしまうものだ。
ギャンブル依存症のLes Misérables《哀れな者たち》を見たまえ。
彼らに救いが訪れることはない。
それにも関わらず、彼らは自らのはした金を、闇の使者が手招く底なし沼へと賭けずにはいられないのだ。
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