第64話 Lumière

その夜、瑠璃は家で本を読んでいた。

谷崎潤一郎の『卍』だった。

この男と女、また、女同士の複雑な愛情の交錯を描いた佳作は、瑠璃のお気に入りだった。

瑠璃はこの小説に登場する「園子」と「光子」の関係性を、ひそかに自分と杏奈の上に重ねて読んでいた。


瑠璃は『痴人の愛』の「ナオミ」をはじめとする、谷崎の描く女性が好きだった。

ともすれば、「ナオミ」の一種病的なパーソナリティに憧れを抱いていたのかもしれない。

「ナオミ」のような男女の伝統的価値観から脱却した自由な生き方がしたかった。


小説を読むと、様々な生き方があることを知ることができる。

それは、もしかしたらあり得た未来だったかもしれないし、決してあり得ない未来だったかもしれない。

私たちの目の前には、本来無数の道があったはずなのだ。

年を取るにつれて、その道が、一つ、また一つと減ったような気がしてしまう。

経験を積むことで、新しくできることもあるはずなのに。

色々なものを見ることで、得た知見があるはずなのに。

私たちの意識が、自らその道を閉ざしてしまうのだ。

勇気を持てば開けられたはずの扉に、自ら鍵を掛けてしまうのだ。

小説は、私たちにそんな迷妄を破るきっかけを与えてくれる。


こうして少女はまた一つ、光を見つけた。

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