第40話 無性愛者という生き方

このアドニスには、性欲がなかった。

この一点が、彼を異質にさせていた。

一般的に、健康な男女には性欲があるということを青年は知識として知っていた。

彼らが自らの性欲を満たすためにポルノ動画などを見て自慰をするということを知っていた。

彼らが毎日約1時間をその自慰行為に費やすという事実は、青年を驚かせた。

青年には、そうした時間がまったくの無駄に思えたのだ。

恋人がいないという理由で嘆いている者も、青年には理解できなかった。

自分の時間をすべて自分のために使えるということは、何よりの幸せである。

こうした幸せに気付かない彼らを、青年は哀れにも思った。

彼らの嘆きは、極めて贅沢な悩みに思えたのだ。

それは、青年の貧しい生い立ちゆえかもしれない。

青年にとって、孤独は当たり前だったのだ。

常に孤独と寄り添って生きてきた彼は、この孤独感を完全に克服していた。

青年は孤独を手なずけていたのだ。

「英雄、色を好む」という格言がある。

青年には愚かで理解不能だった。

しかしこれは、あくまで青年の一面的な見方に過ぎなかった。

人類は性欲を原動力にして、文明を発展させてきたのかもしれない。

こうした洞察が生まれると、青年は性欲に対して畏怖の念すら覚えるようになった。

やがて青年は性欲を面白がり、性欲に翻弄される人間たちを面白がった。

これは、この異常な青年の、束の間のささいな愉しみだった。

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