第37話 ヘンリー・ダーガーという生き方

このアドニスは、ヘンリー・ダーガーという悲運の芸術家を愛した。

この孤独なアウトサイダー・アーティストは、『非現実の王国で』と題する長大なファンタジー小説を、60年という月日をかけて書き上げたのだ。

また、この小説家は一時、男娼として暮らしていた時期があり、同性愛の傾向を有していたとされている。

この事実は、アドニスが『非現実の王国で』を愛読し始めた後に知ることになったが、これがこの青年の心を動かした作用があったということは、言及しておかなければならない。

『非現実の王国で』に見られる、登場人物の少女たちの男性器を持った裸体などは、青年の理想であるかに思えた。

この同性愛者の青年は、現実に対して冷めた諦観を持っていたが、その実、理想主義者でもあった。

彼は性に対して嫌悪、いや、それを超えた憎悪を抱いていた。

青年にとって、世界はあまりに性欲で成り立っているように思えたのだ。

この世のあらゆるビジネス、制度、礼式はすべて性欲から始まっていた。

そんな汚らわしい世界で認められることに、如何程の意味があるだろうか?


彼は自慰をしなかった。

自慰をすれば、自分もまた性欲の奴隷であることを認めてしまうからだ。

彼は恋をしなかった。

恋は性欲の発現の一形態だったからだ。

彼は労働をしなかった。

労働もまた、人間の浅ましい欲に基づくものだったからだ。

かくしてこの孤独な青年は、日々を無為に、しかし、ある確信を持って生きていた。

こうした性向を持つ青年だから、ヘンリー・ダーガーという辺境の芸術家に魅せられたのも無理はない。

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