第36話 川崎のアドニス
人々がひしめく川崎駅前の銀柳街。
街は騒がしかった。
アドニスは、人々の間を縫うように歩いていた。
今日はB型作業所の帰りだった。
この美青年は精神疾患を抱えていた。
彼の人生は平坦なものではなかった。
その人生は常に険しかった。
多くの山を越え、吹雪に遭い、風雨に身を曝されながら、彼はやっと平穏を手に入れたのだ。
彼はある思想を抱いて生きていたが、その思想は社会に追いやられ、胸の奥深くに秘めることを余儀なくされた。
この川崎という街を青年は愛していた。
この街は彼を受け入れてくれた。
あたかも包み込むかのように。
この街には不思議な人が多かった。
青年は異質さを愛した。
儚さと強さが同居したような、この街が好きだった。
そしてその形容は、そのままこの青年に当てはまるものだった。
青年は己の繊細さを無感覚で覆った。
あらゆることに気付かなければ、あらゆる不安は避けられるものだと考えていたのだ。
作業所には異質さがあった。
ここは何らかの理由で社会では働くことができない者が、社会参加を求めて通う場所だ。
社会から排除された者が、社会への参加を求めるというのは、奇妙なものだと青年は考えていた。
排除されたのならば、開き直って社会の外で生きればいいと思っていた。
ここは、社会の内側と外側を繋ぐ異空間のように感じた。
この異空間は、不思議と青年の肌に合った。
いつしか、ここは青年の庭になった。
青年は初めて社会に対して愛着を覚えるようになった。
それを意識すると、青年は驚愕した。
自分は社会を憎んでいたはずではなかったか。
彼に苦痛を強いた社会に対して愛着を覚えるとは。
青年は、しばしこの感覚に苦しんだ。
こうした感覚に青年が慣れると、青年の心に穏やかな光が射し始めた。
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