第26話 純真
二人は定食屋に入った。
この精神世界を生きる青年にとって、「定食屋」というのは、実社会すぎた。
そこで立ち働く初老を過ぎた男と、その妻と思われる女は、青年の目の前に確実に存在しながら、どこか彼岸の存在に感じられた。
青年は、こうした実社会の人間と自分との間が、一枚のガラスで仕切られているような感覚を感じていた。
例えば、永別した人の持ち物を見て、確かにそれは、その人がかつて持っていたものだと認識できるが、今その人は、自分の頭の中にしかいないのである。
こうした現実に対する距離感を、青年は他人に対して持っていた。
「水無月さんは、横浜にお住まいなんですよね。この辺りは詳しいんですか?」
柿谷が、運ばれてきたハンバーグ定食に手をつけながら尋ねた。
「よく来ます。僕は友達も少ないので、一人で来ることがほとんどですが。ここは海が近くて良いですよ。柿谷さんは、海は好きですか。」
「僕は茅ヶ崎に住んでいるので、海が身近なんです。茅ヶ崎の海と横浜の海では感じが少し違いますがね。」
柿谷が照れたように笑った。
青年はこのはにかみを嬉しく感じた。
「そうでしょうか。海は繋がっていますからね、さながら一つの顔を、違う角度から眺めるようなものだと思いますよ。僕は海がどこかで繋がっているように、人も見えない糸のようなもので繋がっているのだと考えています。そう思うと、人を愛せる気がするので、僕はそう思うようにしています。」
柿谷は、青年の目をまっすぐに見ていた。
あるいはこの言葉は、青年にとって遠回しの告白であったかもしれない。
青年はこんな言い回しを用いて、人と気持ちを通わせることを好んでいた。
そのようなときに、この青年の心は、水が潤うように満たされるのであった。
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