第23話 耽り

このナルシスは病的な恋愛傾向を有していた。

自らの中で理想を肥大化させ、理想の中の相手に恋してしまうのである。

この時、青年が恋するのは、相手ではない。

彼が夢想した、彼の理想に恋するのである。

理想に夢見るために、現実の相手の姿とのギャップに幻滅し、深く傷付く事もあった。

結句、この青年は、自分の理想、その理想を思い描く自分のイマジネーションしか愛せないのである。

青年は、同じ職業訓練校に通う柿谷を、優しさを持った魅力的なヘラクレスとして理想化していた。

事実、柿谷は大抵の人や物事に対して寛容な態度を取った。

人を拒絶せず、愛想良く振舞う。

それは、この青年の処世術であり、モットーであった。

人と協調して人生を歩みたいというこの青年の信条は、水無月青年の孤独な心を強く惹き付けた。

そして、彼のエネルギッシュな厚みのある肉体は、細身な水無月青年の足りない部分を補うように思えた。

彼の肉体を感じたいと思った。

きつく抱き締め合いたいと思った。

それを想像すると、青年は自らの肉体の一部が熱くなるのを感じた。

たまらず青年は自らを汚し始めた。

理想という名の物語、そのページを手繰った。

コケーニュが見えた。

彼の肉体から奔流が迸った。

この夜を越えれば、彼は理想を手にできるのだった。

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