第22話 英雄的な、あまりに英雄的な

柿谷との逢瀬を翌日に控えた夜、霧雨がちらつく夜に、ナルシスは風呂場の鏡を前に苦悩していた。

『もし・・・、もし俺が若さを失い、醜くなったら、人はどうするだろう・・・。今まで俺の顔に価値を感じていた人間は、俺から離れていくのだろうか。そして、醜い中年となった俺に待ち受けるのは、ただ孤独のみではないだろうか。俺は・・・、俺が真に誇れるものは何もない。俺の人間性に、人が価値を感じる事は決してない。俺の本質は、ただ虚ろな空洞だ・・・。』

この青年は、アポロンやオルフェウスになりたかった。

英雄的な、天才的な、賞賛を浴びる存在でいたかった。

しかし、こうした自己に対する認識、無価値感と、自らの美貌に対する自惚れを自覚する事で、自分は真実愚かなナルシスに過ぎないのだと認めざるを得なかった。

『俺は、俺は本当は俺の内面を見てほしかった!俺の真実の姿を認めてほしかったのだ!俺の真実の姿は、あまりにも醜悪だ!こんな俺を目の当たりにすれば、人は皆俺から遠ざかるだろう!あぁ!美の神、アフロディーテよ!なぜ俺はこんな厄介な心性を持って生まれてしまったのだ!』

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