第9話 予感

青年は電話をかけた。

「俊ちゃん、いつもの場所で、18時に逢おう」


かつて三島由紀夫は「小説家には、体験を体験たらしめる才能が必要だ」と語った。

例えば、石に躓いたとして、凡人は単に石に躓いたという体験をするだけだが、才能のある小説家はそこにそれ以上の意味を付与するという。

今、青年に必要なのは、体験だった。

体験を芸術に昇華させる。

芸術こそが青年の生きがいであり、この世に生きている意味だった。

その体験を得るために、青年はこのヒアキントスを利用することに決めた。


18時、太尾公園に美少年がやってきた。

豊かな緑は闇に包まれ、それはこの二人の異端者の顔に陰影をもたらした。


「夕貴さん、会いたかった」

「俊ちゃん、君は運命というものを信じるか?」

「運命?分からないけど、夕貴さんに会えたことは運命だと思ってる」

「君は若いからまだ分からないかもしれないが、人は運命という言葉を極めて利己的に使うものだ。善い結果に対してその言葉を使うことで、その結果を得るために他人を退けたことから目を背ける。あるいは悪い結果に対してその言葉を使うことで、己の非力から目を背けるのだ。人は己を守るために言葉を都合よく使う」

「夕貴さんはいつも難しいことを考えているよね」

「俊ちゃん、端的に言おう。僕は破滅する運命にある。なぜかって?それは、破滅が美しいからだ。僕は美しいものに触れたいんだよ。その欲求を抑えて生きることはできない。僕の人生に破滅は不可欠なんだ」


この時、青年は目の前の美少年に話しかけたのではない。

自らの中に存在する、破滅に向かう自分自身に語りかけたのだ。

まるで、ナルシスが自らの美貌を見るために、水面を覗き込んだように・・・。

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