第7話

総司は土方に連れ出され、江戸の町を歩いていた。

むしろスタスタと先を行く土方を追っていた、という方が正しい。土方とすれ違う女たちが振り返り、頬を赤らめながらヒソヒソと話していたりするが、そんなことはどうでもよかった。

「土方さん! 待ってくださいよなんなんですか」

総司は怒っていた。

先程の沙羅の件に続き、土方は総司を連れ出す口実として、近藤に「総司と吉原に行ってくる」などと言ったのだ。

吉原は江戸市中で唯一、幕府が公認する遊郭街である。

近藤は喜んで小遣いまでくれたが、何から何までいらぬ世話だった。

「俺は行きませんよ花街なんて。そんな暇があるなら素振りの一つでもしたいんですけど」

土方は、

(そう言いつつもついては来るんだな)

と思いながら総司を振り返った。

「おまえ、沙羅に惚れてるのか?」

「えっ」

突拍子もない問いに、総司は立ち止まった。

「あいつはやめとけ」

土方は無愛想にそう言って、また先を歩き始めた。

「……あなたの女だからですか」

そう言ってから急に頭が冷えて、総司はしまった、と思った。

土方が殺気のこもったような視線を向けた。

「……見たのか、あの夜」

「えっ、と……スイマセン、遠目からちらっと見かけただけで、覗いたりは決して」

さすがに不躾すぎたかも知れない。謝ろうとしたが土方はいつもの表情に戻り、

「弟分の許嫁候補にちょっかい出したりしねぇから安心しな」

「そうですか……ん?」

話がそこまで来たところで、土方は一膳飯屋の縄暖簾をくぐった。総司もあとに続く。

一膳飯屋とは現代の居酒屋のような店だが、昼も営業するところが多かった。座敷に座卓はなく、客が適宜空いている場所に座る様になっている。総司たちもそうした。

「いいなずけこうほって、なんですそれ」

「勇さんが総司の嫁にあの沙羅を、と考えてるらしい」

「は!?」

初耳である。

土方は茶飯膳を二つ注文して、

「俺もあの女が来た頃に流れで聞いただけだが――俺は反対した」

と言った。

「……なんでですか?」

そう聞き返すと、土方は手元の湯呑に一度目を落として、また総司を見た。

「おまえは?」

「え」

「おまえはあいつをどう思ってるんだ」

総司は黙った。それは自身が今一番知りたいことだ。

「――この前、沙羅さんと稽古したんです。途中から手合わせみたいになって、それがすごくワクワクしました。若先生とうちに入門しないかって誘ったんですけど、未だに保留のままで」

土方は何も言わず、穏やかな無表情で、総司の言葉に耳を傾ける。

そのことにどこか安心しながら、総司は自分の思いを探った。

「あの人には剣の才能があるのに、それ以上踏み込もうとしないところにこう……苛ついてしまったり」

「うん」

「剣士として負けたくない気持ちと、あと、女性としての好意も……ある……のかも知れない。だけど」

先程の沙羅の、薄暗い笑みが脳裏をよぎる。

「時々――恐ろしいと感じてしまうんです」

沙羅の奥底には触れてはならないことがあるような気がする。親が不遇な死に方をしたのとは違うものが。

それに触れる勇気は、今の総司にはなかった。

「……じゃあ」

土方は総司の肩をぐっと引き寄せた。

「素振りよりも楽しいことしようや、総司」

「吉原へは行きませんよ?」

総司の耳元で低く囁く。

「辻斬り狩りだ」

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