第6話

夜の道場は静かだ。

燭台を一つだけ灯して、総司は一人木刀を振るった。

平晴眼に構える。剣道で言う中段から刃を若干左に向ける構えだ。

そして、その切っ先の向こうにいる沙羅を想像する。

(あの時、沙羅さんはまだ動けた)

木刀を弾いた瞬間、沙羅の瞳がギラリとこちらを向いた。息も切らしていなかった。

あの日以降、沙羅が稽古に出てくることはなかった。

彼女に入門を勧めたのは純粋に楽しかったからではあるが、日が経つにつれてまた別の感情が、チリチリと胸の奥を焦がしていく。

ふと、庭の方から人の気配がした。

(若先生が出稽古から帰ってきたのかな)

そう思って庭を覗くと、人影が二つあった。

沙羅と土方だ。

土方は沙羅の腕を掴んで縁側に上がり、すぐ近くの部屋に引き入れた。沙羅は抵抗する素振りもないままに、その障子の奥に消えてしまった。

総司の心臓が早鐘を打つ。

(夜、男女が、同じ部屋に……)

そういうことなのだろうか。

道場の壁にもたれかかり、湯屋の営業時間がとうに過ぎていることに気がついてからも、しばらく動けそうになかった。


それからというもの、門人たちに対する総司の稽古はますます激しくなっていった。

永倉がその様子を引き気味に眺める。

「あいつ最近荒れてんなぁ」

隣で原田が虚無の眼をしていた。

「俺、槍相手の稽古したいからって半日ぶっ通しで付き合わされたわ」

「半日……」

「吐くかと思った」

床に倒れ伏す門人たちに総司は、

「今日の稽古はここまで!」

と宣言して、脇目も振らず井戸へ向かった。

汲み上げた水を頭からかぶると、火照った体が冷えて心地よい。

初夏に入り、日差しは日に日に強くなってきた。

「沖田さん」

頭上から沙羅の声がした。手ぬぐいをこちらに差し出している。

「あの、拭くものをお持ちではないようだったので」

「……どうも」

総司は目も合わせないまま手ぬぐいを受け取ると、沙羅が躊躇いがちに言った。

「……私、なにかお気に触ることをいたしましたか?」

「いいえ、なにも」

沙羅とは、必要以上の会話をしなくなっていた。

この前の稽古のこと、土方のこと。焦げつきがこびりついたまま消えることはなく、彼女を避けたくなったのだ。

「入門の件は……その……びっくりしてしまって……でも私」

「あなたは」

総司は沙羅に向き直った。


「あの時手加減していたのではないですか?」


これは嫉妬かも知れない。

八つ当たりでもあると思う。

「正直俺は、女性だからと侮っていた。あなたもそれをわかっていた。余力があったのならなおのこと、俺より先に一本取ることもできたはず」

それとも別のなにかだろうか。


沙羅は――


「……そんなことは、ございません」


酷薄な笑みを浮かべていた。


胸の奥で、ぱちりと火花が鳴った。


「盛り上がってるねご両人」

縁側から声がした。

振り向くと、手招きをする土方がいた。

「総司、いいとこ悪いが面ぁ貸せ」

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