第5話

総司も相当機敏に踏み込むのだが、沙羅は軽業の如くその攻撃を避け、間隙を縫って打ち込んでいく。

近藤が正面に座ってそれを見つめていたので、永倉もその隣に腰を下ろした。

「若先生、こいつぁ……」

「うむ、四半刻(30分)やっているがどちらも一本も取っていない」

「マジかよ……」

木刀を打ち合う音と、二人の気合が道場に響く。

初めは無邪気に試合を眺めていた原田が、

「沙羅さんはあまり……神道無念流、ぽくないな……?」

と言った。近藤は、

「玲馬殿は沙羅さんを門下には入れなかったらしい」

「えぇー、一朝一夕でできる動きじゃないだろ?」

「あの子が小さい頃、養父上と逸水道場に行ったことがあるんだ。門人の稽古の合間に、竹刀を持って遊んでもらっているような感じだったがその時も筋が良いとは思っていた。ここまで成長しているとはな」

その話を聞いて考え込んでいた永倉は首をかしげた。

「逸水道場、なんか妙なんだよな。ここ数年はともかく昔はまともだったらしいし」

「へぇ」

「――道場が潰されたのは、本当は門人たちのいざこざだったんじゃないかって噂もある」

「……らしいな」

「なんだよ若先生、知ってたんですかい」

「まあな」

この間にも、総司と沙羅の決着はついていない。近藤は続けた。

「沙羅さんがなにか知っている可能性はあるが、彼女は敵討ちの意志はないと言っていた。だからもうそれ以上の詮索をする気はないよ」

その時、一際大きな音がして、木刀が道場の床を滑った。

総司の木刀の切っ先が、沙羅の鼻先を捉えている。

近藤が手を上げ、

「そこまで!」

と宣言したところで二人の稽古は終了し、続いて原田と永倉が手合わせを始めた。

道場の隅に座る沙羅に、総司は半ば興奮しながら話しかけた。

「ありがとうございました! まるで五条橋の牛若丸だ」

「……恐れ入ります」

「土方さんには弱輩だなんて謙遜してましたけど、今日の沙羅さんを見たらびっくりするんじゃないかな」

無邪気に褒めちぎる総司に、沙羅は少し戸惑いながらはにかむ。

「沙羅さん、天然理心流に入門してみてはどうですか?」

「え……」

「俺はもっと沙羅さんと稽古してみたいです」

これは本心だ。

木刀を交えている間、総司は久方ぶりに高揚した。沙羅のしなやかな動きから繰り出される剣撃は冴え冴えとしていて、彼女と研鑽を積んでいけば、もっと高みに行けるような気がしたのだ。

そこに近藤もやってきた。

「いい考えだな。師範代の総司とすでにあれだけ渡り合えるなら、君がどこまで強くなれるか見てみたい」

「ですよね! 若先生」

師弟の熱い眼差しを受けて、沙羅は困ったような顔をしながら、

「少し考えさせてくださいませんか。雑巾がけが残っておりますので……失礼します」

と、一礼して道場を出ていってしまった。

近藤が、体よく断られたのだろうかと気落ちしていた。

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