第43話 漁業見学
昨日出来上がった個室の壁を最終確認。
やはり微妙な隙間やひびが出来てしまっている。
念の為補修しておこう。
アイテムボックスに入ったままの練り込み済仕上げ土で穴を埋めていく。
こんなものでいいかな。
確認して、そして今度は味噌小屋へ。
既に味噌、甜麺醤、醤油、全て作製魔法を起動してある。
見た限りでは3つの樽ともに問題は無さそうだ。
醤油用の絞り布と空の樽も準備済み。
それでは行くとしよう。
玄関扉を閉め、ちひから借りたMTBにまたがる。
美愛から教わった魔法で運動エネルギーを直接僕とMTBに与え、慣性無視でロケットスタート。
「とにかく魔法です。位置エネルギー魔法と運動エネルギー魔法を使えば全て問題ないです。急坂だろうと崖から落ちてもその辺の魔法でどうにでもなりますから」
このMTBを借りた時、ちひはそう言っていた。
ただ実際は身体がこの自転車の操り方をおぼえている。
乗るのは7年振りくらいなのだけれども。
漕がなくとも魔法で進む分、姿勢制御に重点をおける。
今回はエビ養殖場の水路と川沿いを通って尾根上へ行くルートを選択。
かつてアルパクスが出て以来忌避していたルートだ。
しかし今回は1人だし自転車に乗っていれば逃げ切るのも楽勝。
倒せたらお土産にもなる。
しかもこっちの方が近いし坂も緩い。
しかしそんな時に限って何も出ないのがお約束。
尾根上へ何も問題無く到達。
やはり歩きより圧倒的に早くて楽だ。
あとはこの尾根を下り、その先の川を渡って、峠を越えればちひの土地。
道はちひに教わったし地図でも確認済。
だから問題無い。
あと久しぶりのMTBがとにかく楽しい。
魔法で動くとは言えうまく操るにはそれなりに身体を使う。
前後に荷重を変化させたり、バイクのようにリーンアウトで曲がってみたり。
コース取りもなかなか重要だ。
失敗しても大丈夫。
やばい時でも運動エネルギー魔法で一気に速度を落とし、位置エネルギー制御魔法で持ち上げてやれば事故にはならない。
今後もこれ、借りて使うことにしよう。
この楽しさは癖になる。
そう思いつつルートの最後、ちひが作ったらしい小道をダウンヒル気分で一気に下る。
海が見えたところで川を渡り対岸の砂浜へ。
簡素な小屋と知っている顔が見えた。
小屋というか、田舎のバス停みたいに簡素な屋根と壁があるだけの代物だけれども。
無事到着だ。
「お疲れ様。仕込みは大丈夫ですか?」
「ああ多分」
そして僕は辺りを見回す。
「距離は近いのに僕の処と全然違うな」
この砂浜は2本の川が注ぎ込む西側に開けた小さな湾の奥、中央にある。
両側及び砂浜の背後は10m位の高さの台地だ。
ただ砂の質は僕の家の前の砂と比べると泥質。
そして樹種は僕のところでは見ない種類の木が一番多い。
『グローラ 半陰地を好む常緑樹。樹高概ね15m程度。早春に細長い花弁を持つ花を咲かせる。花は甘い香りがあり精油を取る事もある。葉や実は毒があり食用にはならない。
被子植物のうちごく初期の植物で、地球におけるモクレン科に近い種類』
食用にならなくともまっすぐ伸びていれば板にはできる。
しかし見える限りはどの木も曲がりくねっていた。
他に南側の川沿いには見慣れたオーラムも生えてはいる。
あとやはり川沿い近くには蔓芋も見える。
その先崖際にはクァバシンも生えているのが見えた。
そして次は海側の観察。
湾内の6割は小さい干潟になっているようだ。
あちこちに怪しげな仕掛けがしてあるのは見てすぐわかる。
「簀立ての他、何を仕掛けてあるんだ。あちこちにそれっぽいのが見えるけれどさ」
「左側にまっすぐ伸びていて沖で広がっているのが簀立て、更に先で浮かんでいるのが小魚寄せ用のイカダ、あと左の川の奥に網を仕掛けられる場所が2箇所作ってあって、今日は網を仕掛けてあります。この網も潮の干満で引っかける仕組みですよ。
今はもう潮が満ち始めているからこの辺の仕掛けは使えませんけれどね。折角先輩が来てくれたんだから投網で漁でもしましょうか」
投網か。
「浅くないと使えないだろ」
「ここの浜は砂泥底の干潟ですからね。今くらいの時間でも充分出来ますよ。ちょっと技を使いますけれどね。まあ見ていて下さいよ」
「あの大きい網、やるの?」
結愛は知っているようだ。
「そうそう。網を上げたら結愛ちゃんにも手伝って貰うからお願いね」
「待ってる!」
どうするのだろう。
ちひはそのまま海に入っていく。
足首より少し上まで浸かったあたりで彼女はアイテムボックスから何かを取り出した。
それを沖側に向かって広い範囲に散らばるようにばらまく。
「シプリンの身をばらして乾かしたものですよ。人が食べてもあまり美味しくありませんけれど、崩れやすい分こうやってばらまき用に加工するのが楽ですから」
なるほど、餌をまいておびき寄せる訳か。
偵察魔法で魚影が近づいてきたのが確認出来る。
ちひが更に餌をばらまいた。
一部が沸き立つくらいに魚が群れてきている。
餌をもう一回まいて、そしてちひは投網を取り出す。
ささっと左手でまとめ、肘にかけ、右手で重り部分をたぐり左手で一部を持って投げる姿勢に。
すっと身体を半回転させるように網を投げた。
網はかなり大きくふわっと広がり水面に落ちる。
「随分大きい網なのに綺麗に広がるな」
「毎日投げていましたからね、天気が悪かったり村へ行ったりする日以外は。まあこんなものです」
今度は網を引っ張り始めた。
ある程度ひっぱった後持ち上げる。
重りの下、袋状になっている部分にかなりの魚が入っているのが見えた。
持ち上げるだけでも重そうだ。
きっと身体強化魔法を使っているだろう。
そのままちひは砂浜に上がって網を反対に広げて下ろす。
結愛がさっと行って魚を拾ってはバケツへ入れていく。
僕や美愛も少し遅れて手伝った。
勿論ちひ本人も。
「一投で随分捕れるんだな」
魚はレジペイドやゴヌールの20cm強クラスが中心。
中には30cm強サイズも混じっている。
全部で50匹以上入っているのは間違いない。
「朝食に出てきそうな小さめサイズの干物はこれで捕ったのを使います。簀立て漁は自分用と加工食品用ですね。
ただ醤油や味噌が出来たから、今度は大きいのを使って味噌漬けや刺身用なんてのも出そうかと思っています」
「それ、自分が食べたい物を作ろうとしているだけだろ」
「そうですよ勿論」
うん、知っていた。
「でも美味しそうだな、それも。ちひの味付けだと不安だけれど」
「その辺は美愛ちゃん先生がいますから」
本人がえっという表情でこっちを見た。
どうやらまだその話をしていなかったらしい。
しかし僕は思う。
「確かにその方が安心できるな。ついでに練り物の味も美愛に調整させた方がいいんじゃないか」
「そのつもりですよ。今日、材料になる魚を捕りまくって、明日からは向こうで試作予定です」
なるほどなるほど。
それは正しい。
前回のちひ作のさつまあげ、明らかに味が薄かったから。
その分魚の風味がわかりやすいという長所もあるのだけれども。
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