第27話 気になる

 リストアップしておいた物は全て購入した。

 ただ日本に比べると耐久消費財は概して高価。

 その分持ち金は減りまくってしまった。

 

 たとえば醤油や味噌製造用に買った125ℓの樽。

 業販でも1個あたり正銀貨6枚6万円する。

 今使っているポリバケツ大(70ℓ)の10倍以上の値段だ。


 しかし材質なり手間なり考えたら仕方ないのだろう。

 これを甜麺醤用、味噌用、醤油用、予備それぞれ2個ずつ購入。

 更に漬物用に深さが浅い63ℓの樽1個正銀貨4枚4万円小銀貨5枚5,000円も3個

 まとめて買ったので値引きして貰った結果、合計で正銀貨55枚55万円


 買い物が一段落したので、この前とは別の食堂に入って食事兼ねて休憩。

 注文を終え、買い忘れがないかリストを確認している時だった。


「和樹さんはヒラリアに知り合いがいるんですか」


 美愛にそんな事を聞かれた。

 ちひの事だろうか。

 何故わかったのだろう。

 どう説明しよう。

 とっさに色々と考えてしまう。


「何故そう思うのかな」


 とりあえず質問を質問で返すことで時間を稼いでみた。


「公設市場で思ったんです。私達と会った時もあのコーナーで何か係員に聞いていたなって。そして今回も何か聞いている。ならその辺に知り合いか気になる人がいるのかなって」


 鋭い、その通りだ。

 よく見ている。

 どう誤魔化そうかと一瞬考えすぐ断念。

 僕は他人については騙すのも騙されるのも苦手なのだ。

 自分に対してならどっちも大得意なのだけれど。


「大学の後輩だ。僕にメールを送った後、行方不明になった。メールに暗号が隠されていて、この近くにいるだろう事がわかった。ただ暗号の一部が消されていて正確な場所はわからない。

 今のところはそんな状況だ」


 とりあえず事実を流れに沿って簡潔に説明。


「その後輩を探すために来たんですか?」


「それもあるけれど、日本での生活が行き詰まっていたというのが大きいかな。実家と職場両方とも。そこから逃げたいというのが一番大きな理由だと思う」


 自分ではそう思っている。

 実家がもしもっとマシだったら。

 職場がもっとまともだったら。

 ちひの事は気になりつつもそのままだっただろう。

 多分、きっと。


「その後輩さんは女性ですか?」


 動揺は隠せたと思う。

 なぜ隠すべきなのかは僕自身もわからないけれども。


「性別は。ただ彼女とかそういう事じゃない。単なるサークルの後輩だな」


 言ってから少し言い訳臭いなと反省する。

 でも事実だ、事実の筈だ。


「それで係員に話を聞いていたのは、その後輩さんが買い物に来ていないか確認するためですか?」


「いや、買い物に来ている方では無くて売る方だ。あそこに前出ていた干物やさつま揚げ。あれはきっとちひが出したものだろうと思ったんだ。


 奴なら根は真面目だから1ヶ月程度でサンプル商品を作って持ち込むだろうし、元々海や魚が好きだからその辺作りそうだし。


 係員さんにそれとなく売りに来た人について聞いてみたら、外見は似ている事がわかった。味付けも奴らしく薄味だったしさ。だから多分、本人だと思う」


「ちひさん、って言うんですね。その後輩さん」


 しまった、ついそう言ってしまったか。


「ああ。サークルではそう呼んでいたな」


 何気ない言い方で動揺を気づかれないようにする。

 何故動揺を隠さなければならないかは相変わらず不明なままだけれども。


 ちょうどそこで料理が運ばれてきた。


「それじゃ食べようか」


「食べる!」


 美愛には悪いけれど、この場はこれで誤魔化させて貰おう。

 何が悪いのだか何を隠そうとしているのか、何故そうしようとしているのか。

 僕自身よくわかっていないけれども。


 ◇◇◇


 帰りも行きと同じように苦労すると予想はしていた。

 しかし今回は予想以上だった。

 

 前回も今回の往路もある程度は美愛が加減をしてくれている。

 全開では無く僕があるていどついて行ける速度に。


 ただ今回に限っては違った。


 最初の内はあるていど注意して走ってくれるのだ。

 しかしそのうち元々早い結愛につられてしまって、その結果僕が遅れがちになってしまう。


「美愛待ってくれ。ついて行けない」


 門を出て10分程度後、早くもそう言わなければならない状態だ。


「あ、ごめんなさい。結愛ちょっと待って。ゆっくり行きましょうね」


「わかった」


 それで少しゆっくりになる。

 しかしまた少ししたら速くなる。

 何と言うか心ここにあらずというかそんな感じだ。

 何故だろう。

  

 いつも以上に疲れたが無事帰宅。

 僕が結愛のベッドを組み立てている間、2人は買ってきた食材の下拵え等。


 それが終わったら樽を洗浄して水を入れて少し酢を入れる。

 こうやって樽のアク抜きをするそうだ。

 少し水が漏れるがこれは正常。

 漏れるのは乾燥して木が縮んでいるからで、水を張って少し経てば水が漏れることもなくなるそうだ。


 更に懸案だった門扉の設置に取りかかる。

 門扉というか、コンテナと作業場、麹作業部屋をまとめた大きな小屋の玄関扉だ。


 購入したのは枠も含み完成済の屋外用扉。

 自分で作れる自信が無かったし値段も木材の値段+α程度。

 だから迷わず購入した。


 なお設置は魔法が使えれば簡単。

  ① 粘土質の土を盛って

  ② 上にこの扉を枠にはめたまま置き

  ③ 横も丸太や板、土でカバーして

  ④ 魔法で土を乾燥させ、ひびが入ったり隙間が空いたりしたところを土で埋め

  ⑤ ④を繰り返して隙間がなくなれば

  ⑥ 土部分の表面に石灰石と粘土を混ぜ合わせた外壁用素材を塗って

  ⑦ 魔法で乾かせば完成。

 こういったDIYはこの世界では普通らしい。

 それ専用の物が多種揃っていた。


 さて、そろそろおやつの時間。

 いつもなら美愛がそろそろ呼びに来る。

 しかし今日は一向に来る気配は無い。

 なお結愛はここまでの作業中、何度も様子を見に来ている。

 こっちはいつもの通り。


 様子を見に行く。

 美愛は作業場のテーブルにいた。


 何かをしている最中なのだろう。

 前にボールと鍋が置かれている。

 ただ手は止まっている。

 何かぼーっとしているようで僕が来た事にも気づかない。


「美愛、大丈夫か?」


 彼女は一瞬びくっと身を震わせた後、慌てたように僕の方を見る。


「え、あ、何かありましたか」


「いや、大変なら手伝おうかと思って」


「大丈夫です。あ、そろそろおやつの時間ですね」


 やはり変だ。

 気になる。

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