第28話 自己欺瞞

 おやつを食べ、水路を見に行って、午後の勉強をして、夕食。

 やはり美愛はずっと元気が無かった。

 何故だろう。


 時間的にはちひの事を話した後からだ。

 それまではなんともなかったから。


 ただちひの事が何故気になるのかがわからない。

 彼女ではないと言ったはずだし。

 その辺もう少し強く否定してもいいけれど、美愛が何も言わないのにその話を持ち出すのも変だ。


 ならどうすればいい。

 わからないまま時間は過ぎる。

 そしてそのまま夜、寝る時間。

 灯火魔法を消し、なんとなくうつらうつらしている時だった。


「和樹さん、起きていますか」


 美愛だ。


「ああ、起きている」


「質問をしていいですか?」


 何だろう。

 ただ美愛が少しでも元気になる可能性があるなら。

 そう思って返答する。


「何でも」


「私達を拾った事を後悔していますか」


 いきなりとんでもない質問だ。

 何故そんな事を思うのかはわからない。

 でもこの質問になら自信を持って答えられる。


「してないな。むしろ会えて良かったと思っている」


「本当ですか」


「勿論」


 これだけでは説得力が無いかな。

 そう思って続く台詞を考える。


「僕1人ならここの生活、ずっと殺風景になっていたと思う。おやつの時間なんかは当然無いし、食事ももっと簡素で詰め込むだけって感じだろう。ここにいる間の会話相手もいないしさ。

 そう考えたら美愛や結愛に会えて良かったし、おかげで楽しく暮らせているなと思う」


 間が空く。

 次の質問なり台詞なりが無い。

 不安な沈黙。


 たまらず僕から声をかけてしまう。


「何でそんな事を思ったんだ? 何かそんな感じの事を僕が言ったとかか? 記憶にはないけれどもしそんな事があったら……」


「そうじゃないんです」


 美愛はすごい勢いでそう言った後、一拍間を置いて、そして普通の声で続く。


「気づいたんです。私や結愛が和樹さんの予定というか未来予想図を無茶苦茶に壊してしまったんじゃないかという事に。

 本当はこっちにきてちひさんと幸せに暮らして行けたのかもしれないのに、私達のせいで全部駄目になってしまったんじゃないかって」


 おいちょっと待ってくれ。


「僕とちひはそういう関係じゃない。確かに仲は良かったけれど先輩と後輩以上ではなかった筈だ。少なくとも僕はそう思っているし向こうもきっとそう思っている」


 これだけでは足りないな。

 そう思ったので追加する。


「確かにここに来たのはちひのメールがきっかけだ。ただ理由として昼にも話した通り、日本にいた時の環境から逃げ出したいという事の方が大きい。


 実家は田舎にあるたいした事の無い家だけれど、気位だけは名家気取り。結果お金が足りなくて僕の給料まで勝手に使いまくる。更に勝手に知らない女と婚約させられそうになった事もある。幸いSNSで尻軽な証拠を残しまくっていたから断れたけれど。


 職場もまともなのは上司1人だけ。何せ田舎の役場だからコネ採用の馬鹿ばかり。皆仕事が出来ないから僕に始末が振ってくる状態だ。


 そういった環境から逃げ出す為にここに来た。だからここに来た事で目的はほぼ達成した。以降はまあどうやって生計を立てるかくらいの計画だけ。だから美愛がその辺心配しなくても大丈夫だ」


「本当ににそれだけですか。こっちで出逢って今度は一緒になろうと本当に思っていなかったですか」


 甘いな美愛。

 僕は人を騙すのは苦手だ。

 しかし自分を騙すのも自分に騙されるのも得意なのだ。

 そしてそんな僕は美愛の今の台詞にNOと言っている。

 僕は正直にその答えを返すだけだ。


「特に思っていなかったな。ただ何故いなくなったのか、そして暗号の消えていた部分に何があったのかは確かめて知りたいとおもうけれど。


 まあどっちも想像ついてはいるんだ。居なくなった理由は僕とそう大して変わらないだろう。消された暗号に書いてあったのはきっと今の居場所だ。ちひがそこを抜かすとは思えないから」


 なぜそれが消されたのかはわからない。

 ただ論理的に考えればそういう結果になる。

 そしてその推理は間違っていないだろうという自信もある。


「でも探していないですよね。本当は真っ先に探すところだと思うのに。それは私達がいるから、生活が大変だからまずそっちを優先しているという事ではないんですか。


 それにあの村に来ているだろうと思っているんですよね。それならあの村に宿をとってある程度待っているだけで会えますよね。それをしないのは私達の生活の事を重視したからじゃないんですか」


 大丈夫、この質問には答えられる。

 探していないわけでは無いのだ。

 美愛に今まで話していなかったのは悪いが既に手は打ってある。


「僕なりの方法で探しているさ。そして早ければ明日、遅くとも半月しないうちに向こうからやってくる筈だ」


 怪我や病気に対して少し心配しているなんて事はここでは出さない。

 あくまでも強気で言い切らせて貰う。


「どうしてですか。そんな事していないですよね」


 ならば教えてしんぜよう。


「味噌や醤油、美愛が作ってくれた漬物を委託販売に出しただろ。あれだ。


 ちひなら醤油、味噌、漬物どれにも興味を持つ筈だ。

 そしてその辺を買うか興味をもって尋ねてくれる人がいたら。それらの人にあの案内のビラを渡すように係員にお願いしておいた。結愛が印刷してくれたあのビラだ。


 ここの住所や僕の名前をそのまま書いてはいない。でも商標代わりに日本語の漢字で『坂入商店』と書いてある。更には絵の下部分、草の模様が暗号になっている。これ解けばここの場所がわかる。


 ちひならこの程度の暗号は気づく筈だ。更に言うと明日はちひと思われる人物が公設市場に干物を持ち込んでちょうど一ヶ月。

 だから明日か、そうでなくとも近いうちにはちひはここに来ると思う。暗号を解読してさ」


 場所をストレートに書いてもいい。

 ただそれでは関係ない奴が来てしまう可能性がある。

 それにちひの暗号が消された理由がわからない。

 だから念の為暗号化した訳だ。


「来るんですか。なら私達は邪魔じゃないですか」


「どうして」


 この辺は騙された状態の僕に答えさせれば問題ない。


「ちひさんに誤解されないですか」


「誤解するような事はないな。此処で僕と美愛、結愛の3人で暮らしている。見た通りで問題無い」


 美愛の言っている意味はわかっている。

 けれどわからない。

 そう僕は僕を騙して返答する。


「本当にそれでいいんですか」


「いいも悪いもないだろ。実際その通りだしさ。隠す事も何もない。それに奴がそれだけで変な誤解をするとも思っていないし」


 最後は本心だ。

 じっさいちひはそれくらいで変な想像を事実とするような奴では無い。

 それくらいには奴を信用している。


「わかりました。ありがとうございました」


 声はそれで聞こえなくなった。


 暗い中、そして結愛の寝息だけが聞こえる中、僕は思い返す。

 今の美愛との会話がこれで良かったのだろうかと。

 確率やプログラムと違って場合分けが曖昧な事象は苦手だ。


 それでも僕は美愛と結愛と一緒にいる事を選んだ。

 最初は面倒な事態になったと確かに思ったりもした。

 それでも今は楽しいし一緒にいて良かったと思っている。

 ただその辺を上手く伝えられない。

  

 それにちひの存在が変数であることも確かだ。

 値域も定義域もわからない変数。

 僕自身が彼女をどう思っているかについて、僕は常に僕自身を誤魔化し続けている自覚がある。


 でも今日はとりあえずもう寝よう。

 答が出ない問題を考えても無駄だから。

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