第26話 委託販売の契約

 この一ヶ月余り、そこそこ身体を動かしてきた。

 だから今度こそは美愛達に遅れをとる事はあるまい。

 これでも20代の男だなのだ。

 あと数ヶ月で三十路だけれども。


 途中まではそう思っていた。

 しかし残念ながら絶対体力の差を思い知らされてしまった。

 やはりついていけなくなったのだ。

 今日はこの先があるのでへばる訳にはいかない。


「ごめん、休憩1回いいか」


「わかりました。少し行動食も食べますか」


「食べる!!」


 最後の返事は勿論僕では無く結愛だ。

 そして出てきた今回の行動食は……豆大福!

 食べると確かに豆大福な味がする。


「美味しいな。こんな物まで作ったんだ」


「昨日の団子と一緒に作りました。材料もほぼ同じですし。アルカイカの実は豆っぽく使えますから」


 なるほど。

 

「美味しい、もう1個」


 結愛も初めてだったようだ。


「帰りの分が無くなるけれどいいの?」


「がまんする」


 この辺のやりとりはいつも通り。


 更に冷やしたお茶もいただく。

 勿論茶の木による茶ではない。

 アルカイカの葉でつくったもの。

 軽い苦みとすっきりした後味が特徴。


 勿論これも美愛が作った物。

 美愛が知識魔法を使ったところ、そういう情報が出てきたので作ってみたそうだ。


 なお僕の知識魔法では茶が出来るという情報は出なかった。

 術者の知識や指向によって出てくる結果が違うらしい。


「それじゃ行きましょうか」


「そうだな」


「行く!」


 再び走り始める。

 目の前に見える峠を登って下りればイロン村だ。


 今回最大の目的は商品の委託。

 そしてちひが来ているかの確認。


 あとは売っている商品の確認。

 味噌や醤油を作る為の材料の仕入れ。

 自分達用の食料の購入。

 拠点を改良するための板材の購入。

 味噌や醤油を仕込んだり運んだりするための大型の入れ物の購入。

 結愛用のベッドや布団の購入。

 紙や日用品の購入。


 こんなところだろうか。

 一応メモはしてあるけれど。


 さて、身体強化魔法&美愛と結愛基準のハイペースで行けばイロン村は割とすぐ。

 今回も門はノーチェックで通過。

 まっすぐ公設市場を目指す。

 

「今日はまず委託販売の手続きをしてくる。美愛と結愛は中を見て必要なものを買っていてくれ。食事関係と自分達の必要なもの中心に。その辺は任せたから」


 既に美愛も結愛も日常会話程度のオース共通語は問題無く話せる。

 家でそれなりに訓練したから問題無い。


「でもこのお金、使っていいんでしょうか」


 美愛にはこの先の食費と日用品の代金として正銀貨20枚20万円程渡してある。


「勿論。足りなければ言ってくれ。この建物内にいるから」


「これで足りない事はどう考えても無いと思いますけれど、わかりました」


 公設市場の入口で2人と別れ、僕は販売委託受付へ。


「すみません。新規に商品を出したいのですが宜しいでしょうか」

「わかりました。この先の3番カウンターでお待ち下さい」


 ちなみにカウンターが20番まである。

 それだけ売買する人が多いのだろう。


 3番のカウンターの席に座って待つと、すぐに担当者らしき人がやってきた。

 僕と同じくらいの年齢の男性。

 見た目はアングロサクソン系移民かその子孫風。


「お待たせしました。イロン村公設市場委託業務担当のグラハムと申します。まずは住民カードの提示をお願いします」


 手続きがはじまる。


 ◇◇◇


 販売委託手続きは思ったより面倒だった。 

 商品の説明と分類の確認。

 品質確認、分量の確認、値段の妥当性の確認。

 売り場所の棚の説明。

 資金支払用の口座の開設と公設市場の業者登録。

 

 ひととおり手続きして商品を渡すのに1時間近くかかってしまった。 

 疲れたなと思いつつ市場の売り場の方へ。


 なお割引で購入できる業販のシステムもあったので、味噌材料となるアローカやグネタム、デルパクス肉等はそっちで購入済。

 自家用食材は業販での購入は駄目らしいけれど、そっちは美愛に任せているから僕が買う必要は無い。


 だから僕がこっちの売り場で見に行くのは3箇所。

 明日から僕の商品が並ぶ予定の農産品その他コーナーと調味料コーナー、それとちひの干物コーナー。


 農産その他のコーナーはパン等もあるのでそこそこ広め。

 他は砂糖類、野菜の塩漬け等がある。

 ここに美愛考案の醤油粕漬けが並ぶ予定だ。


 絵面的には少し地味かもしれない。

 しかし味そのものは悪くないし、今回用意した数も合計60包と多くない。

 1日2包売れれば1ヶ月後には無くなる計算だ。


 次は順序的にちひの干物やさつま揚げのコーナー。

 新商品はあるだろうか、それとも前のままだろうか。

 行ってみると干物もさつま揚げも無い。

 魚のフライ等はあるからこのコーナーに間違いないのに。


「すみません。ここに以前並んでいた魚を干した奴とか、魚のすり身を揚げた奴とかは無いんですか」


「全部売れてしまって今は在庫無しです。そろそろ次が入ってくる頃だと思いますけれどまだ来ていません」


 つまりちひはまだ来ていないという事だ。

 もう少し突っ込んで聞いてみよう。


「前はいつくらいに入ったんですか」


「だいたい1月くらい前ですね」


 つまり前に僕が来た後は来ていないという事か。

 少し不安になるが、とりあえずそれは此処では見せないようにする。


「わかりました。ありがとうございます」


 ちひは生真面目だから1月に1度決まった日に来る。

 そんな僕の予想通りなら来ていなくて正解だ。

 ただつい事故だの病気だのなんて心配をしてしまう。


 大丈夫、病気なら魔法でほぼ治せる。

 怪我だって同じだ。

 恐竜等も魔法を使えば倒すのは難しくない。

 そう自分を納得させようとしている時だった。


「委託は終わったんですか」


 聞き覚えのある声がする。

 ちひではなく最近もっと聞き慣れた声だ。


「ああ。ついでに売り場確認をしているところ。そっちは?」


「一通り食料は買い出しは終わりました。家具類や布団等はまだです」


「なら一緒に見に行こうか」


 ちひの事はまだ2人に話していない。

 話すきっかけがないし、どう話せばいいのかもわからない。

 ただの後輩なのだけれど、何か誤解されそうな気がする。


 とりあえず今は頭を切り替えて、結愛のベッドと布団を探そう。

 今は2人で僕のベッドを使っているから。

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