第15話 体力の格差?

 さて、役所での手続きは済んだ。 

 次は2人が僕の拠点で生活する為に必要な物の調達だ。


 寝場所は取り敢えず僕のベッドを使って貰おう。

 2人で寝てもそこまで狭くはない筈だ。

 一応布団はもう1セットある。

 ベッドの布団とそれを入れ替え、僕は床に布団を敷けばいい。


 食器や日常生活道具は一通り揃っている。

 予備も含めて買い揃えてあるので当面はそれを使えばいい。


 だから基本的に今すぐ買わなければならない物はない筈だ。

 でも一応聞いておこう。


「何か買っていった方がいい物はあるか? 遠慮しないで言って」


 少しだけ間が空いた後。

 美愛は申し訳なさそうな何か言いにくそうな表情で僕を見る。


「すみません。家が開拓地という事は、当分は買い物に行けない状態が続くと思っていいんですよね」


 確かにその通りなので僕は頷く。


「ああ。1日潰せば買い物で往復は出来る。それに1月に1回くらいは此処へ来るつもりだ。しかし何かあると困るから、ある程度ここに来なくても大丈夫なようにしておいた方がいい」


「わかりました。本当は私1人で買いに行くべきものなのですけれど、お金も持っていないし言葉も通じません。ですから一緒に行って頂いていいでしょうか」


「わかった」


 何かはわからないが、わからないなりに了解だ。

 様子から見て間違いなく必要なもののようだから。


「あと、何処に売っているかが分からないんです。ひょっとしたら形もこの世界では違うのかもしれません」


 それはいったい何だろう。

 あと微妙に言いにくそうなのも何故だ。


「多分大丈夫だと思う。知識魔法で調べられるから」


 美愛は少しだけ躊躇った後、覚悟を決めたような表情で口を開いた。


「ならお願いします。生理用のナプキンです」


 うっ。

 言いにくそうにしていた理由が一発で理解できた。

 確かに本来なら彼女1人で買いに行くべきものだっただろう。

 言葉が通じて何処で売っているかがわかれば。


 そして確かに買い物に気軽に行けないなら買っておくべきだ。

 故に僕が一緒に買いにいくしかない訳だ。


 ただ僕が買いに行かなければならないのかと思うと何と言うか、表現しにくい感情がある訳で。


 仕方ない。

 僕も覚悟を決めよう。

 知識魔法で何処で売っているか、どのようなものかを調べる……


 ◇◇◇


 問題は無かったとは言わない。

 しかしとりあえず買い物も何とか無事に完了。

 あとは帰るだけだ。


 本当はこの集落に長期滞在した方が早くちひに会えるだろう。

 公設市場にちひのものと思われる商品がある。

 ならちひはいずれ売り上げを確認しに、そして商品の補充をしに再訪する筈だ。


 しかしそれが何時になるかはわからない。

 そしてこの集落に滞在するなら宿代や食事代が必要だ。


 僕はこの世界で今後も生活していかなければならない。

 しかも養うべき存在が2人増えてしまった。

 収入源を確立するまでは所持金を節約するべきだろう。

 だから今日は拠点へ帰るのが正しい解だ。


 しかし僕の拠点までは30km以上ある。

 途中、標高200m程度の峠までのぼる必要もある。

 夕暮れまでおよそ4時間程度。

 2人は大丈夫だろうか。


 結愛1人なら何とか背負って歩けるだろう。

 身体強化魔法を使えば問題ない。

 ただ2人を背負うというのは無理だ。

 だから美愛に聞いてみる。


「これから家に帰るけれど、距離が30km以上あるし、途中標高200m位までのぼったりもする。一応身体強化魔法をかけていくけれど大丈夫かな」


「大丈夫だと思います。高さ的には多峯主とうのす山までのハイキングコースより低いですから。30km歩いた経験は無いですけれど」


「結愛も大丈夫」


 とうのす山とはどこの山だろう。わからないが大丈夫そうだ。


「それじゃ行くか。村を出た処で身体強化魔法をかけるけれど、疲れたら言ってくれ」


「わかりました」


「わかった」


「それじゃ行こうか」


 港とは反対側へ歩いて門を出る。

 やはりこっちを見ただけでフリーパス。

 JKと幼稚園児を連れ去る変質者という見方はされずに済んだ模様だ。

 おそらくその辺を確認する魔法なんてのもあるのだろう。


「それじゃ身体強化魔法をかける」


「自分に魔法をかけて貰うのは初めてです。大丈夫ですか」


「楽しそう」


 2人の反応が微妙に違うのは苦労の差だのだろうか。

 姉と、そして姉がいてくれた妹の。


「特にかかったという感触は感じない。ただ最初の一歩は慎重に。思った以上に身体能力が上がるから」


 そう説明すると同時に魔法を起動、僕を含めて身体強化魔法を継続状態で起動させる。


「それじゃ行こうか」


「もうかかっているんですか」


「ああ」


 その返答と共にいきなり結愛が大ジャンプ。

 僕の身長より高くまで上がる。

 とっさの事で反応が間に合わなかったが、無事着地に成功。

 ほっと一息。


「凄い凄い! 楽しい!」


 今度は走り始めた。

 かなり速い。


「待て! この先は恐竜が出るからあまり離れないで」

 

 慌てて僕と美愛が後を追いかける。

 おっと、今の台詞で結愛が止まった。


「恐竜、出るの?」


 アルパクスやアルケナスはどう見ても恐竜だ。

 大型爬虫類というよりこの方がイメージしやすいだろう。


「ああ。ついこの前、これくらいある恐竜に襲われた」


 あのアルパクスの大きさを両手をひろげて表現する。

 やや誇張が入っているのは勘弁して欲しい。


「凄い、見たい!」


 そういう反応が来てしまったか。


「襲われると危ないぞ。下手すれば大怪我する」


「そう。だから一緒に行きましょうね」


「わかった」


 元気だが物分かりのいい子のようだ。

 そう言えば結愛、最初は全然話さなかったのになと気づく。

 ある程度慣れてくれたのだろうか。


 さて、結愛が元気なうちにある程度は進んでおこう。


「それじゃ軽く走って行くか。ただ僕からあまり遠く離れるなよ。魔法で安全かどうか周囲を見ているから」


「わかった」


「ありがとうございます」


 しかしこの時の僕は気付いていなかったのだ。

 僕が2人の体力を甘く見ていた事。

 もしくは自分の体力を過大評価していた事を。


 元気な幼稚園年長と高校1年生の体力は運動不足のアラサーより遥かに上。

 峠を越え下りになったあたりで僕はその事に気づいた。

 上りは足の長さ分僕が有利だった。

 しかし下りはそうでもない。

 結果、2人の速度に僕がついていけなくなった。


「ごめん。警戒が追い付かないからもう少しゆっくり頼む」


「ごめんなさい。わかりました。結愛ももう少しゆっくり」


「わかった」


 勿論本当は警戒が追い付かないのではない。

 足がその速度で前に出ないだけだ。

 我ながら情けない。


 そんな感じで休憩なしで飛ばす。

 おかげで体感1時間少々、往路の半分程度の時間で拠点に到着。


 僕はヘロヘロ。

 取り敢えず2人の荷物を出して、作業場にべたっと座り込んでいる状態。

 だが2人はまだまだ元気だ。


「いい海岸ですね」


「遊びたい!」


 結愛がこんな事を言えるくらいに。


 でもまあ確かに見た目はいい感じの砂浜だろう。

 しかし2人が遊ぶなら注意点も多い。


「すぐ深くなるからあまり遊ぶのには向いていない。あと水生の爬虫類が出てくる可能性もある」


「それに此処には働きに来たんだから、まずはお仕事をしないと」


「わかった」


 いや、それも幼稚園児には可哀そうか。

 確かに楽しそうな海があれば遊びたいと思って当然。

 聞き分けの良さに余計に不憫さを感じてしまう。


 きっと2人とも今日まで苦労したのだろう。

 なら少しくらいここで楽しんでもいい。


「今日はもう開拓作業はしないからさ、働いて貰う事は特に無いかな。だから自由時間でいい。

 ただ危険だからあまり遠くや海の深い所へは行かないように。100m程度なら僕の魔法で危険がないかわかるから、その半分程度の範囲で」


「わかった!」


「ありがとございます」


 美愛は頭を下げた後、周囲を見回して再び口を開く。


「それじゃ水着に着替えます。その小屋を使っていいですか」


「ああ」


 小屋とはもちろんコンテナの事だ。

 ただ中は暑いだろう。

 だから扉をあけ、魔法で中の空気を入れ替える。

 熱せられた外板も魔法で冷やしておこう。

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