第14話 事務手続の完了
試験はなかなかクセモノだった。
内容は日本の科目的には数学、それも文章題がメイン。
問題量もそれなりに多い。
普通なら1時間ではぎりぎり、もしくは少し足りない位だろう。
数学としての範囲は概ね日本の高等学校卒業程度まで。
足し算引き算から掛け算、割り算、分数の計算。
方程式が一元一次から二元二次方程式まで。
相似を使う図形問題。
確率の問題まである。
異世界というと一般的に中世的でそれらの知識は必要ないようなイメージ。
しかし少なくともここヒラリアは違うようだ。
範囲としては日本の高等学校の数Ⅱ程度まで。
しかし実際問題として、高校卒業者で数学のこの範囲を完全に理解している者は少ないだろうと思う。
例外は難関大学や理系の大学を受験しようという連中くらいだ。
更に文章題は読解力と論理的思考力が必要。
その辺もおそらく出題意図に含まれている。
指示代名詞が何を指しているのか考えないと解けないような文章題もあったし。
数学と同時に現国的なセンスも求められているのだろう。
一般的ではなさそうな知識を問う設問も10問ほどあった。
しかしどれも文章をよく読んだ上で知識魔法を使って解くことができた。
現代文の読解力が必要で、論理的な思考力も必要。
その上で知識魔法をどの程度使いこなせるかをみる問題なのだろう。
この試験を全般的に見ての感想としては、
○ 知識魔法がある世界で読解力と論理力、思考力をみようとする意図を感じる出題
○ 範囲的には日本の高校卒業レベル
○ 全問正解しようとすると難易度はかなり高め
○ 時間的にも余裕はあまりない
といったところだ。
ただ僕はこれでも元理学部数学科専攻。
趣味は読書で長い文章を早く読むのは得意。
だからケアレスミスさえしなければ問題ない筈だ。
なんとか数学科出身の威信にかけて全問解いて、かつ2回見直しをした後提出。
所要時間はタイマーの針によると40分。
僕としてはけっこう時間がかかったなという感想だ。
「もう終わりですか。早いですね。見直し等は宜しいでしょうか」
「ええ、大丈夫です」
「わかりました。それでは採点いたします」
採点もこの場でする模様だ。
担当さんは手元から冊子を取り出し中を開いて、僕の答案用紙と見比べて確認する。
「惜しいですね。1問だけ間違っています。こんなところを間違えるかというような場所ですけれど」
見直したつもりだったのだが失敗したようだ。
「何処ですか」
「最初の方、正負の足し算です」
やらかしてしまった。
だがここは僕の名誉の為、少しばかり弁解させて貰おう。
数学科の学生は専門分野においては基本的に手計算をしない。
理論と解法さえわかればいい。
後はパソコンで計算可能だ。
MaximaとかMathematicaあたりでも使って。
その方が手計算よりよっぽど速いし確実だから。
故に単なる計算問題は得意ではなかったりする。
以上で自己弁護は終了。
「それにしてもこの試験、随分問題数が多くないですか。これを1時間で解くというのは正直かなり難しいと思うのですけれど」
「ええ。ですから普通は自分の得意なところを中心に6割から8割くらい回答するという形が普通です。この時間で全問解いた方はめったにいません」
そうだったのか。
つい本気になって取り組んでしまった
「それはともかく、試験は1級合格ですね。おめでとうございます。移民でいきなり1級合格者はかなり少ないのですが、何か地球で教育関係の仕事をやっていらっしゃったのでしょうか」
「いえ、普通の公務員です」
そう返答しつつ思う。
1級合格とは何だろう。
知識魔法でさっと確認。
『義務教育を通信教育で代行する場合、教える側の大人は教育代行認定の有資格者でなければならない。
教育代行認定の資格は次の6段階とし、認定試験の点数及び教育実務経験により決定する。
資格各級位は以下の義務教育学年までを指導できる事を意味する。
教員代行資格第1級 義務教育期間全ての学年
同2級 義務教育における第1学年~第8学年まで
同3級 義務教育における第1学年~第6学年まで
同4級 義務教育における第1学年~第4学年まで
同5級 義務教育における第1学年~第2学年まで
同6級 義務教育における第1学年のみ』
つまり僕はその気になれば20歳過ぎまで教える事が可能な訳か。
惑星オースの20歳は地球上の13歳8ヶ月だけれど。
しかし13歳ちょいで二次方程式や確率までやらされる訳か。
かなり厳しいカリキュラムだなと思う。
知識魔法が使えるとはいっても。
「それではこちらの合格証、及びユアさん用の教材を持ってまいります。
ユアさんは9歳という事ですので第1学年に入る前の準備的教材となります。こちらを本年終わりまで学習した後、正規の教材へ移行する事となります。
なお今回の教材は義務教育外ですので提出の義務はありません。ですが義務教育を順調に進めておくためにもやっておくべきと忠告させていただきます。
義務教育の教材は半年毎に成果を提出し、新たな教材を受け取る事となります。詳細はこれから持って来る教材と書類に書いてありますので、後程ご一読ください」
これで手続きは終わりだろうかと思う。
何やら酷く疲れた。
実際は戸籍関係と教育代行認定をとっただけなのだけれど。
ただ資格認定の試験をその場で実施し、認定して貰えるのは便利だ。
これも知識魔法等のおかげだろうか。
事実があったかなかったかは知識という範囲の内側。
試験に不正があるかないかも魔法で確認出来るのだろう。
更に取得した資格すら知識魔法で確認出来る。
故に資格試験のシステムを幅広くばらまいても問題ない。
惑星オースの科学技術は地球より遅れているとされている。
だからといって文明そのものが遅れている訳では無い。
むしろ文明程度としては地球の先進国より進んでいるのではなかろうか。
なんて考えていたら背後に気配を感じた。
気配と言うか常時起動している警戒魔法の視界に入ったというか。
僕は2人に声をかける。
「大丈夫だよ」
「わかりました」
勿論美愛と結愛だ。
2人は入ってきて、そして背負っていたザックを置く。
2人がおろしたザックをさっと見る。
結愛のはピンク色の小さい幼児用。
そして美愛が背負っていたの紺色の70リットルなんて代物だ。
こんなの登山部の男子くらいしか使わないだろう。
「随分大きいザックだな。これって女の子用じゃないだろ」
「父の古いザックです」
それなら納得だ。
担当のお姉さんが戻って来た。
「資格証明書を作ってきました。あとミアさんとユアさんの荷物は、今着ているものとそこに置いてあるもので全部でしょうか」
「はい、そうです」
このやりとりももちろん相互に翻訳。
「わかりました。それではこのまま少々お待ち下さい」
そう言うとお姉さんは今度は何か用紙を取り出し、一気に何かを筆記し始めた。
さっと見ると『財産確認報告書』と書いてある。
どうやら着ている物まで全て含めて記載しているようだ。
きっとその辺にも何か
ザックから出さずに中に入っているものも書いているようだし、時価なんて欄まで埋めているから。
5分くらいかけて3枚程筆記した後、彼女は書類を確認して頷く。
「確認おわりました。収納していただいて結構です。資産の現在価値評価合計額が最低基準額以下なので、持ち出しに問題はありません」
「わかりました。それじゃ僕のアイテムボックスに入れるな」
荷物がふっと消える。
「あ、荷物が無くなった!」
「大丈夫よ。和樹さんが魔法で持ってくれたから」
「わかった」
確かにアイテムボックスに入れると消えるから不安になるよな。
でも結愛、美愛の事をよほど信頼しているようだ。
美愛の今の台詞だけで納得しているところを見ると。
「さて、次は美愛さんにお尋ねします。
もし希望するなら自宅や戸籍内のもう1名を呼び出して財産評価を行い、強制的に財産分割を行う措置も出来ます。
ミアさんとユアさんが元いた戸籍は1月前に移住して作成されたものです。その際の移住目的は就労となっています。
開拓目的の場合と異なり、土地等不動産の無償取得はありません。しかし移住時に支度金として大人2名子供1名分、合計
移住1月後なので当然残金は残っていると思われます。ですので財産分割でそれなりの金額が受け取れる可能性が高いです。
どうされますか」
出来るだけ正確に訳すよう心がけつつ美愛に説明。
「希望しません。出来ればもう関わりたくありませんから」
美愛がそうきっぱり言った。
相当苦労しているのだろうな、と思ってしまう。
「希望しないそうです」
「わかりました」
担当のお姉さんはそう言って頷き、そしてカウンターの上にどんどんと書類その他を載せていく。
結構な量だ。
「それでは本日手続した事を証明する書類一式、ユアさんの事前学習教材一式、移住者の方用の言語独習用教材一式になります。
以上で御相談の、ミアさんとユアさんの戸籍編入に関係する手続きは完了です。
他に何かご相談したい事項はありますでしょうか」
これで大丈夫だろうとは思う。
しかし一応確認はしておこう。
「他に何かした方がいい事はありますでしょうか」
「当分はこれで問題ない筈です。あとは移住確認手続きの際にお渡しした書類や手引書を確認して、個別に疑問があった際に来ていただければ。
ただカズキさんは既に知識魔法も使いこなしていらっしゃるようです。ですからそうされる必要もあまりないでしょう。
次の手続きは新年の少し前、義務教育1年前期用の教材受け取りになります。その次は3月末までの収入および居住実態等申告ですね」
「わかりました。今日はありがとうございました」
僕を含め3人とも立ち上がって、相談員のお姉さんに頭を下げた。
この動作は日本でもヒラリアでも共通だ。
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