プロローグ2 夏季休暇を使って

 8月は割と自分の時間がある。

 夏期特別休暇なんてものを強制的に取らされるから。

 お役所勤務だからこの辺かっちりしている。


 しかし休みであろうが実家にいては自由時間はとれない。

 面倒な家族に捕まる虞が多分にある。


 父親に捕まった場合は事務所の手伝いをさせられたり下らない話を聞かされたり。

 祖父に捕まった場合は農作業の手伝い。

 母親や祖母に捕まったら買い物だの何だのに付き合わされる。

 最悪な場合は近所の名家のお付き合いとやらにまで。


 だから僕は早朝から車で30分程、ネットカフェなんて所へと逃れた。

 防音でいかがわしい動画を見るにも最適な部屋へ入って一息。

 なおこんな部屋を取ったのはエロ動画を見る為では無い。

 移住計画をこっそり進める為だ。


 ちひのメールにあった異世界移住のWebサイト。

 これはただの詐欺サイトではなかった。

 異世界の詳細な地理データ、歴史データ。

 異世界共通語の勉強や魔法の練習なんてものまである巨大なWebサイトだ。

 

 しかし僕がただのサイトではないと思ったのは巨大さからではない。

 このうち魔法の練習用サイトをある程度試した結果だ。


 このサイトの通りに練習すれば魔法が使える。

 地球上の科学ではあり得ない事をこのサイトにある方法で実現させる事が可能だ。

 

 似たような方法は怪しい新興宗教で信者を獲得するのによく使われる。

 その事は僕も知っている。


 しかし今回は明らかにそれらとは違う。

 種も仕掛けもない事を僕自身が納得できる方法で検証したから。


 机の上に鍋敷きを置き、その上に水が入った鍋を置く。

 その中に温度計を入れ、温度計の表示が写るようスマホで動画を撮影する。

 その条件で加熱魔法と冷却魔法を起動してみたのだ。


 結果、鍋の中の水はそれぞれの魔法で沸騰し、凍り付いた。

 僕の目で見ても、動画の記録でもそうだった。

 この時点で僕はこの異世界移住のWebサイトが、少なくとも地球の科学知識を超えるものではある事を受け入れたのだ。


 勿論そんな技術を持っているからと言って、異世界移住が詐欺ではないという保証はない。

 異世界移住に際して地球の科学を超える事は必要条件。

 しかし十分条件ではないから。


 それでも興味を持つに値する物である事は認めざるを得ない。

 ちひが興味を持つだろう事も想像できる。


 惑星オースの魔法は面白い。

 ファンタジーにあるようなものとは違う。

 クラークの第三法則『十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない』をまさに地で行くような存在だ。


 厳密にデザインされた遺伝子による生物型マイクロマシン。

 それらによる三次元と時間次元以上の空間まで使用可能なセンサー機能、エネルギー操作機能、情報ネットワーク機能の提供。

 それが惑星オース魔法の正体だ。


 地球上にもそのマイクロマシンは存在するらしい。

 惑星オース程ではないのでそのままでは魔法を起動出来ないし、通常空間以上の次元を使用して存在を隠蔽したりするので確認する事も出来ないらしいけれども。


 そんな地球上でも魔法を起動する方法はある。

 マイクロマシンを集める効果がある魔法陣を四隅に設置するのだ。


 24時間程度で付近に存在するマイクロマシンが周囲から集まってくる。

 結果、惑星オース上ほどの威力はないまでも魔法を起動できるようになる訳だ。

 僕が鍋の水の温度を変化させる実験をしたように。 


 そして魔法の性質さえ理解すればオリジナルの魔法を作る事が出来る。

 必要なのはマイクロマシンにどういう動作をさせるか具体的に意識してアルゴリズムに落とす事。


 勿論そうやっても実現出来ない魔法も存在はする。

 理解が及ばないが使用可能な魔法も存在する。

 それでもオリジナルの魔法が構築できるのは面白い。


 それに魔法以外もこの異世界移住は魅力的だ。

 移住先は何処も自然が豊かで生活しやすい。

 移住者に対して広大な土地を開拓用に無料で提供してくれる。

 税金やその他の制度も移住者に対してかなり優遇されている。


 もともと僕はアウトドア的活動は好きだった。

 大学時代、旅行研究会の中で分派を作って春休みと夏休みはサバイバル活動なんて事をやっていた位だ。

 勿論ちひも分派メンバーの1人。


 だから自然豊かな土地で開拓生活なんて正直憧れる。

 先進的機械類がない代わりに魔法が使える。

 

 現在のオースの科学技術水準そのものは地球の近代かそれ以前のレベルだ。

 しかし魔法が使えるので生活水準は低くない。


 これら全てが僕を惑星オースへと惹き付ける。


 更に僕は現在の、自分を取り巻く環境に嫌気がさしている。

 四六時中何処かへ逃げ出したいなんて思っていたりする。

 此処ではない何処かへと。


 結果、僕は異世界移住に向けて本格的に動き始めた。

 今日は移住すべき場所を調べて予約した後、語学の勉強をする予定。

 語学の勉強は発音も伴うので防音の個室を借りた訳だ。

 実家住まいという関係上、移住計画の実施には制約が多いから。


 ついでに愚痴を言うと資金的な問題なんてのもあった。

 これもまた実家のせいだ。

 

 うちは田舎のこの付近では名家とされている。

 少なくとも僕以外の住人はそう自認している。

 家長は代々市会議員を務めていて、僕も将来議員になる事を前提に役場勤め。


 しかし僕から見ると同居する父方の祖父祖母、そして両親ともに尊大だが頭が悪い時代遅れの老人だ。


 気位だけは高く平気で散財しまくる。

 しかし実収入は実質父親の市議会議員としての報酬しか無い。

 祖父母は田や畑も持っているが既に自給用作物しか作っていない状態だ。


 結果、家計は火の車。

 気がつくと僕の給料まで家計に組み込まれている始末。


 食費と光熱費、アパートを借りた場合の家賃を引かれる程度ならまだ納得できる。

 しかし手取り18万円まるまる消えるというのは納得できない。

 一戸建てすら4万円で借りられる田舎なのに。


 手口はすぐに判明。

 ATM用のカード、いつの間にか家族用という事でもう1つ作られていた。

 通帳を机の引き出しに入れていたのが敗因だ。


 預金口座を変えたくとも給与口座は地元の信用金庫1行しか指定されていない。

 仕方なく奨学金の返済額を最大限にして給料から自動引き落としにし、更に簡単に下ろせない定期口座繰り入れの額を増やす。

 少しでも取られないようにという作戦だ。


 結果、次の給料日の翌日にお金が無いと母から苦情が来た。

 だったら無駄遣いをするなと文句を言った。

 そうしたら母と祖父と祖母3人に両親は敬うべきだとか長幼の序とか、2時間くらい中身のない説教を食らった。


 実家については文句がいくらでも出る。

 だからこの辺にしておこう。

 ただこの件のおかげで奨学金は早々と返納完了できた。

 しかし現在でも自分が使える金はあまりない。


 ただ幸いな事に移住事務局ではキャンペーンをやっていた。

 移住をするなら準備資金100万円を提供するという内容。

 移住準備に使うお金はこれで賄う事にした。

 

 異世界に移住する為に購入した物品は、自分の車に積んだ物以外全て事務局預かりにしている。

 理由は簡単、家にプライバシーという概念が無いから。

 部屋に新しい物が増えたらすぐに出所と用途を執拗に聞かれるのだ。


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