移住記録 ~異世界移住・Series 2 和樹編~

於田縫紀

プロローグ

プロローグ1 失踪の発覚

 ちひから来たメールは一見して不審と感じさせるものだった。


 文章からすると内容は退職と引っ越しのお知らせ。

 しかし引っ越し先が記載されていない。

 その癖『夜逃げでも不祥事でもない』なんてわざわざ断り書きがあったりする。

 更には怪しい漢詩まで書かれていたり。


 ちひこと湊川みなとがわ千裕ちひろは大学時代のサークルの後輩だ。

 アウトドアに出ると野生児になるが普段は真面目な理系女子。

 頭の中身も思考力も信頼できる。

 思慮不足や悪戯等でこんなメールを寄越す奴ではない。

 少なくとも大学時代はそうだった。


 それなら何かこのメールには意味がある筈だ。

 僕に寄越した何らかの理由が。


 一見してどうにも怪しいのが漢詩部分。

 これだけで全部で9行も使っている。


 この怪しい漢詩、ひょっとして暗号ではないだろうか。

 妙に画数が多い漢字を多用している。

 漢詩としては意味が伝わらない部分もある。

 全体的には漢詩に見えなくもないが引っ越しのメールに書くようなものではない。

 

 画数が多いのは、画数そのものに意味があるではないだろうか。

 そう気づいて画数を見てみる。

 9、19、5……

 よく見ると最初の2行に9画が3回も出てきている。


 そうなると暗号形式は想像がつく。

 ローマ字を使った暗号だ。

 そして9はおそらく母音に当たる文字。


 あとは簡単、画数から当てはまる文字を考えるだけ。

 9が母音ならAIUEOのどれか。

 単純にアルファベット9番目という事でIに当てはめてみる。

 ならAは1で、19はSで……


 そうして読むと最初の2行は『ISEKAIIJYU』。

 これは『異世界移住』と訳せばいいのだろうか。

 怪しい言葉だが、偶然でこんな言葉になる可能性は極めて低いだろう。

 だからこの方針のまま読み進めてみよう。


 次に出てきた文字列はWebのアドレス形式と酷似していた。

 文字の続き方と記号の位置からしてほぼ間違いない。


 どうやらこの暗号の規則は、

  〇 1~26画の漢字はアルファベットA~Zに対応

  〇 27画の漢字は記号全般を意味

  〇 28画以上は空白及びダミー

という事でいいようだ。


 ただしこの暗号、少々怪しい。

『異世界移住』という言葉だけではない。

 おそらくオリジナル、ちひの作った暗号から3行ほどが消されている。


 ちひのメールには『五言絶句&五言律詩』と書いてあった。

 それなら4句と8句で合計12句になる筈だ。

 しかしメールには9行、つまり9句しかない。


 ちひは努力家の秀才タイプ。

 律詩や絶句の行数を間違えるなんて可能性は低い。

 だからこれは消えた、もしくは消されたと判断すべきだろう。


 そう考えると何故こんな暗号を使ったかも理解出来る。

 監視が予想される状況で道具やメモを使わず即席の暗号を作って送った。

 そんなところだ。


 消されたのはどんな情報だったのだろう。

 このメールだけでは判断出来ない。

 この暗号に記載されたアドレスを調べてみよう。


 まずはWhoisでアドレスの所有者情報を調べる。

 一般財団法人が出てきた。

 財団法人名で検索をかけるが、実態がわかるような情報は発見出来ない。


 次に某大学が提供しているVPNを使用し、こちらの情報を隠しつつWebページの内容を調査する。

『オース移住計画事務局』なる怪しいWebサイトが出てきた。


 Webサイトの内容をざっと読んで確認する。

 この事務局は異世界への移住を斡旋する組織のようだ。


 異世界移住だなんてラノベのような事がある筈がない。

 少なくとも僕の常識では。

 しかしこれならちひのメールにあった『異世界移住』という言葉と一致する。


 どう考えても怪しい、そんな事がある訳がない。

 しかし僕はちひの知識と思考力をそれなりに信頼していいと思っている。

 そのちひが何故そんなのに関わったのだろう。

 メールの意味は何なのだろう。


 とりあえず当たり障り無い内容でメールを書いて返信。

 読んだら返事寄越せとの付記付きで。

 ついでにSNSメッセージも送っておく。

 既読がこっちにもわかる奴を。


 ◇◇◇


 3日経過。

 SNSメッセージの既読はついていない。

 メールの返信も無かった。


 たまらず翌日の土曜日、朝一番の電車に乗り、新幹線に乗り換えて奴の住居を目指す。

 ちひは大学時代と同じアパートに住んでいる筈だ。

 あのアパートなら何回か行った事がある。


 何でもなければそれでいい。

 会った時に少し恥ずかしいが、その時はメールの件について話せばいいだけだ。

 会えなくても無事に暮らしている事がわかればそれでいい。

 そう思いつつ新幹線から更に地下鉄に乗り換え、ちひの家の最寄り駅へ。


 奴の家は地下鉄の駅から歩いてすぐのアパート2階。

 なお大学からはけっして近くない。


『どうせ冬場は自転車を持っていても使えないし、そもそも大学は山の上だから自転車なんて使いたくない。それなら多少距離的に遠くても地下鉄1本でいける方が楽だよね』


 そんな理由で選んだと本人は言っていた。


 僕が最後に此処に来たのはまだ大学時代だった。

 その頃と比べると少しこの辺の風景も落ち着いた気がする。

 そう思いつつ記憶と同じ場所にまだあったコンビニの角を曲がり奴のアパートへ。


 郵便受けを見た瞬間思う。

 ちひはもうここにはいないだろうと。

 郵便受けの202号室部分には空白のシールが貼られていた。


 それでも更なる確認をするため、階段を上って2階へ。

 202号室のインタホンを押す。

 押しても反応が無い。


 見ると電気のメーターが止まっていた。

 不在でも住んでいるのなら冷蔵庫等があるからメーターは動いている筈だ。

 ならやはり中はもぬけの殻だろう。


 何かが起こっているのは間違いない。

 平和な方か犯罪かはこの時点の情報だけでは判断できないけれども。


 ちひの実家に問い合わせようか。

 一瞬そう思って、そして思い出した。

 奴は実家とは疎遠だった事を。

 此処で就職した理由も家族と縁を切るためだったようだし。

 だから聞いても無駄だろう。


 階段を下りつつ思う。

 僕がちひの足跡を辿れる方法は、あのメールしかないだろうと。


 もちろん実際には他にも方法はある。

 探偵社を使うとか、住民票等で痕跡を追うとか。


 しかしそれらの方法でもおそらく効果は無いだろう。

 理由も根拠も何もないが僕はそんな事を感じていた。

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