第6話 境界線の尾根

 海岸近くからここまでは、よく言えば生物が豊富な場所だった。

 生えている樹木はヘイゴより更に湿気ている場所を好むトルデアというシダ類。

 そして獣道以外には下草がわんさか。

 シダ類だけではなくコケっぽいものも多い。


 それらを食べるのはアルケナスだけではない。

 小型の爬虫類や両生類、更には節足動物の類まで。

 そしてそれら小型生物を食べる種も当然この森にいる訳だ。

 その結果、拠点付近より一段と生物密度が高い。


 偵察魔法や警戒魔法なら見えなくとも振動や温度で動物の存在を感じる。

 だから余計にそれらの存在がわかってしまう。 

 

 途中、イルケウスと呼ばれる小型のトカゲを3匹捕獲した。

 小型と言っても僕の肘から手先まで位はあるけれども。


 知識魔法では食用になるという事だったし、さばくのにもちょうどいい大きさと感じたから。

 冷却魔法で行動不能にした後、脳がありそうな部分を更に冷やして凍らせて倒し、収納。


 なお近づきたくもない小動物も残念ながらそこここに。

 30センチ定規位のムカデ、同じくらいの存在感がある蜘蛛。

 そんなのが足元だけでなくその辺の木を這っていたりする。


 最初は足下や周囲の触れそうな草木以外は熱分解なんてせず、極力環境重視で進んだ。

 しかし途中からいいかげん耐えられなくなった。


 結果、進路方向幅2mにかかる樹木は進行方向に向けて倒し、枝や葉、下草等は熱分解。

 更に気付いた生物の気配はベクトル操作魔法で形成した空気弾で弾き飛ばしつつ進む。


 つまりそこそこの太さの道を造らせて貰った訳だ。

 真ん中を歩いている限り虫の心配がいらない道を。

 

 僕は日本にいた頃は虫がそこまで苦手な方という自覚はなかった。

 しかし惑星オースでは話が別だ。

 ここの虫は洒落にならない。


 さて、歩いている支尾根の傾斜が少し急になった頃。

 周囲の植生がやっと変化した。

 下草が一気に減り、スギナに似たものばかりになる。

 念の為知識魔法で確認。


『セテリム:乾燥に強いシダ類の仲間。食べられない』


 雑草か。

 なら無視しよう。


 樹木もシダっぽいけれど少し違うようだ。

 これも知識魔法で確認。


『クァバシン、俗に木豆とも呼ばれる。ヘイゴ等と比べるとやや乾いた場所を好む。雌雄別株。

 地球的分類では原始的な裸子植物でソテツに近い。

 実が食用になる他、幹からもデンプンをとる事が出来る。ただし水溶性の毒があるので食用にする際は充分に水にさらす必要がある』


 木豆は移住のWebサイトに書いてあったから名前になじみがある。

 なら参考に採取しておこう。


 実がなっている良さそうな木を見繕い剪断魔法で切り倒す。

 葉を熱分解した後実と幹は収納。

 3本位あれば試食にも充分だろう。 

 拠点に帰って時間があったら作業してみよう。


 更にやや日が当たる場所には蔓性の樹木もあった。

 これも何か使えそうだと感じたので知識魔法で確認。


 テジャネ、俗に蔓芋と呼ばれるものだった。

 蔓性の樹木で、根の部分が太くなっていてデンプンを貯めている。

 クァバシンと違い毒がないので熱を加えれば食べられる模様。

 これもやはり採取しておくべきだろう。


 ただ土の中に埋まっているので採取が若干面倒くさい。

 まず偵察魔法で芋がある位置を確認。

 次にベクトル操作魔法を使って芋がある位置を中心に土ごと上方向へ飛ばして引っこ抜く。


 引っこ抜いた土の塊に、魔法で水を流して土を流す。

 これで僕の身長近い長さ、太もも近い太さがある根を1本採取。

 いずれ食べてみようという事で収納だ。


 さて、尾根近くに出ると空気の流れが変わる。

 植生も更に変化した。


 下草は先程と同じセテリムだから無視。

 一方樹木は今までとかなり異なる。

 シダやソテツとは全く違う、日本出身の僕が見ても樹木らしい樹木だ。


 松のような樹肌に小さく細長い葉を大量につけた枝が伸びている形。

 黒松に杉やヒノキのような葉が生えているといった雰囲気だ。

 当然知識魔法を起動。


『アルカイカ:アローカの近縁種。乾いた風通しの良い場所によく見られる。アローカと比べて実は大きいが数は少ない。種子は食べられる。地球でいうところの裸子植物』


 これも食べられる実がなる訳か。

 しかし見たところ、現在は実はなっていない模様。

 おそらく季節ではないからだろう。


 地図と偵察魔法で現在地を確認。

 どうやら尾根に出たようだ。

 なら一度海側へ行っておこう。

 東側の境界を確認する為に。


 下が乾いていて下草が少なく歩きやすい。

 しかも下り勾配。

 あっさり海に近い崖に出た。


 この辺が境界の北東側だろう。

 なら境界線のビニルテープを張り始めようか。

 最初は何処かに杭を打ったほうがいいだろうか。

 海側には適当な木が無いから。


 そう思った次の瞬間、赤色に塗った杭が目に入った。

 しかもただの杭ではなく魔力を感じる。


『境界標 ヒラリア共和国開発局が設置したもの。開発区画の境界を示す。無断で移動や廃棄等、損なう行為をすると罰せられる』


 どうやら開発局、土地を地図上で区画割りしただけではない。

 現地でもこうやって境界標を打ってくれている模様。

 境界の争いがあってもこれが目印になる。

 国のお墨付きだ。


 しかしこの境界標、どれくらいの間隔で打たれているのだろう。

 偵察魔法の視点を地図上の境界に沿うように動かしてみる。

 あっさり次の境界標が見つかった。

 どうやら50m程度の間隔で打たれているようだ。

 

 これなら自分で境界線を張る必要はない。

 テープ作業は取りやめだ。

 しかし歩いてみる作業そのものは続行する。

 自分の土地の状況を知るために必要だから。


 それでは南側、尾根の方へ進むとしよう。

 先程の支尾根との分岐までは緩やかな坂。

 歩きやすくていい。


 しかしその少し先から坂が一気に急になった。

 足場こそ岩交じりで割と乾燥しているので歩きやすい。

 しかしこの傾斜、かなり辛そうだ。

 時に手も使って登るような場所すらある。


 案の定あっという間に身体が疲労を訴え始めた。

 足の腿の筋肉と循環器系と呼吸器系。


 何せ登山道ですらない急坂。

 筋肉を使って通常の階段の倍以上の高さに体重を持ち上げる運動を続けるのだ。

 多少鍛えていようと疲れるだろう。


 しかもただ登るだけではない。 

 偵察魔法で前方及び周囲に気を配る必要がある。

 ここは異世界、何が出てくるかわからない。

 まあ実際はある程度は調べて知っているけれども。


 体感時間で10分経たないうちに足が前へ進まなくなった。

 しかし最初の境界標から6本目、つまり水平距離で300m程度しか進んでいない。


 とりあえず休憩して回復魔法を起動する。

 少し疲れはとれたがこれだけでは足りない。

 治癒魔法も少しかける。

 これでかなりましになった。


 ただこのペースで休んで魔法で回復なんてのは辛いし勘弁してほしい。

 時間的にも問題だろう。

 このままでは途中で日が暮れてしまう。


 仕方ない、いささか早いが最終手段の一歩手前を使おう。

 なお最終手段は『その場から一番早いと思われる方法とルートで拠点へ帰る』。

 だからこれは前進する場合における最後の方法だ。


『身体強化魔法!』

 

 僕には原理不明な魔法を継続起動する。

 これで少なくとも筋力は超人級の筈だ。

 

 起動した直後は特に効果を感じない。

 しかし一歩踏み出した時点で理解した。

 身体が軽い。

 足も軽く動く。

 足に力を入れ身体を上にあげるのだって軽々だ。

 

 これだけ楽ならゆっくり行く必要もない。

 一気に登ってしまおう。

 もちろん周囲の警戒が出来る範囲でだけれども。


 僕は足に力を込め、半ば飛び跳ねるような怒濤の勢いで境界線の尾根を登り始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る