第11話

 僕は昔から不自由だった。

 不自由とは何だろう、でもきっと些細なことだ。

 そう決めつけて目の前に置かれたコーヒーのカップに手をかける。毎日の日課なんだ。汚い仕事を営んだ日は、この黒い液体を体に染み込ませるというのが。

 「ああ、また人を殺してしまった。」

 とふいに空に呟く。まあ、ぼやくと言った方が良いのかもしれない。

 人を殺すことは幼いころからやっていた。だから罪悪感も抱かないし、むしろ当然のことだと思っている。特に子供の頃は全く疑問も抱かなかった。だって、それが僕にとっての是であったから。でも、でも大人になってからはいまいちピンとこない感覚があるんだ。どうやら僕は普通ではないし、もうまともには戻れないということが年を重ねるたびに痛いという感じでズキズキとくるから。

 自分自身の汚さに、自分自身の哀れみに、毎日飲みこまれていく。

 ああ、ブラックホールのような場所に行って消えてしまいたい、とか意味不明なことを感傷的な気分で思う。でもまだ感傷的だったらいいのだ、だって浸っている内は自分を慰められるから。いけないのは、悲観的になった時、右にも左にも道はなく、前にしか進めないのだから、僕は絶望という感覚を味わうのだ。

 娘ができた。

 名前は真理子という。

 その母は僕の名前も知らない。ただ、世のことわりというのかな、ちっぽけな序列に従って子供を生んでくれたんだ。だがその女はすぐに一族の者に始末されたし、だから僕は子供の父親としてもっともらしく一族の仕事にまい進する羽目になったんだから。

 汚い仕事だ。

 卑劣で低俗で、最低という言葉がよく似合う。だが、僕は真理子だけは大事にしなくては、そう思って、そう思い込んで何でもかんでもこなそうと決意する。

 だが、真理子は僕のことを嫌っているらしい。

 僕は全力で真理子のために尽くしているのに、どうして?

 だって僕は真理子を育てるために働いて、大人になるにしたがって仕事を与えて、そのまま夫婦になれるように男まであてがってやったというのに。

 だがうっすらと、僕は思う。ああ、やっぱり僕は普通じゃないんだって。僕が普通だと思って刷り込んできたことは、やっぱり現実離れしていて、それに僕は一生共感できない。なんでだろう、やっぱり僕はおかしいのだろうか。そんなことをこの晩も考えている。

 一族とは、そもそも何なのだろう。

 僕は一生懸命敷かれたレールを走っている。もう僕を諭すものは誰もいないし、ただまっすぐ進むだけ。だが、もしかしたら、それはいけないことなのかもしれない。でもそう気づいても、染み込んだ考え方は変えられないし、そんなエネルギーもないらしい。きっと、ずっと僕はこのままだ。

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