第7話 ちょっと出かけて来るわ

「クレア、俺ちょっとしばらくの間出かけてくるから。留守番よろしくな」


「今度はどのくらいいなくなるんですか?」


「うーん、十日くらいかな」


「ええー……」


 嫌そうな顔で、嫌そうな声を出すクレア。師匠であるイシルビュートはこうやって時々クレアを残してどこかへ一人でふらっと行ってしまうのだ。連れて行ってくれる時もあるのだが、一人出掛ける場合も多い。


「私も連れて行ってくださいよ」


「ごめんな、待っててくれたらお土産買ってきてやるから」


「こんな寂しい場所で一人で待つの、嫌なんですよーう」


「ごめんって」


 師匠は困った顔をしてクレアの頭をポンポンと撫でる。こういう時、師匠は絶対に折れてくれない。一人で出かけて行き、クレアをひとり置き去りにしていく。

 もう何百度目かになるかしれないこのやり取りにいい加減諦めたクレアはため息をついた。帰ってこないことはないので、待っていれば「ただいまー」とまた扉を開けて帰ってくるのだろう。

 しかし、師匠がいないと暇で暇で仕方がない。

 二人でいる時は魔術の手合わせなんかができるのだが、一人だとそれも難しい。せいぜいまだ読んでいない魔術書を読んで記憶をしておくくらいしかできない。


「いい子で待ってたら土産買ってきてやるから」


「期待してますからね」


「任せておけ。何が欲しい?」


「じゃあ、美味しいお菓子」


「最新の流行モノをどっさり買ってきてやる」


「わーい」


 クレアにとってはこれも不思議だった。

 いつもクレアが買い出しに行ってるのはこの荒野から一番近いロレンヌ王国の国境の街なのだが、そこで売っているのを見たことがないようなものを師匠はいつも持ってきてくれる。

 甘くて可愛い形のお菓子。

 お洒落な服。

 履き心地のいい靴。

 綺麗なアクセサリー。


「一体どこで買ってくるんですか?」と聞いて見ても、笑って「ちょっとなー」とはぐらかすばかりだった。

 多分すごい都会に出向いているに違いない。

 魔術陣を使えば遠く離れた場所にも一瞬で行けるので、イシルにとって距離というのは問題にならなかった。ちなみにどこかへ行くにはその場所に魔術陣を刻み込む必要があるので、行き場所を知らないクレアはこっそりついて行くという手段が使えない。


「何かあったらすぐ帰ってくるからな」


 言って師匠は右腕をあげた。キラリと光る魔石がはめられたブレスレットは、クレアとお揃いのものだ。これがあれば相手の居場所やピンチになった時に察知できるという便利な代物で、一度師匠が外出中に家でボヤ騒ぎを起こした時には普段無色透明な魔石が真っ赤に光っていた。次の瞬間に血相を変えて師匠が家に帰ってきて驚いたのもいい思い出だ。

 逆に師匠がピンチの時にはクレアにもわかるようになっているはずなのだが、師匠がピンチに陥ることなんて未だかつて一度もない。いつか光ったならば、絶対に駆けつけようとクレアは心に誓っている。


「はーい」


 ブレスレットを見つめてクレアは返事をした。

 気になることはもう一つ。

 ……師匠はブレスレットを二つ、つけている。

 ということは、だ。

 クレアの他にもう一人、ブレスレットをつけている人物がいるということだ。

 一体誰だろう? とクレアは思う。

 この四六時中相手を監視できるも同様なブレスレットを自分以外の誰につけているんだろう、と気になって仕方がない。

 クレアの世界はとても狭く、師匠とそれ以外というカテゴリーに大別されている。

 五歳の時に戦場に立っていた自分を拾って育ててくれたお師匠様。

 夜な夜な悪夢にうなされる自分を優しくなだめてくれ、生活に必要なことを教えてくれ、魔術の勉強にも付き合ってくれた。

 クレアのほとんど全てと言っても過言ではない師匠であるが、実のところクレアは師匠のことをよく知らない。一緒に住んでいるので癖や性格、食の好みなんかはわかるが、どうしてこんな辺鄙な場所に住み続けているのか、出かけるときはどこに何をしに行っているのか、たまにくるお客さんは一体誰なのか。そして師匠が渡してくれるお金は、どこから手に入れたものなのか。

 聞いても師匠ははぐらかすだけでクレアには何もわからない。


「お師匠様、何か荷物持っていきます?」

 

「必要ないよ。に全部揃ってるから」


「向こうってなんですか? もしかして……奥さんがいるとか? もしかしてもしかして、子供までいちゃったり?」


 クレアが猜疑の眼差しで師匠を見つめながらそんなことを言うと、年の割に童顔な顔にキョトンとした表情を浮かべた後に豪快に笑われた。


「俺と結婚したいだなんて奇特な人間がいたらいいんだけどな、残念ながらそういう女に出会ったことはないよ。そんな風に聞くなんてクレアも年頃になったなあ」


「むー、笑わないでくださいよ!」


 目に涙を浮かべながら爆笑されると恥ずかしくなってくる。怒ってクレアが反論すると、「ごめんごめん」と言って頭を撫でられた。


「まあ、クレアが心配することは何もないよ。俺にとっての自宅はここだけで、それ以外の外出は仕事だ」


「私も連れて行ってくださいよー」


「まあ……大きくなったらだ」


「もう十七歳ですよ!」


「もっと分別がつく年になったら」


「ぶー」


 師匠はいつまでもクレアを子供扱いする。

 いい加減、クレアだって大人に近づいている。師匠に比べればまだまだだが魔術だってそこそこ使えるようになったと自負している。

 一体いつになったら、師匠の秘密を教えてもらえるんだろうとクレアは憂鬱になった。

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