第2話 魔術師は少女と出会う
イシルビュートは血の臭いが充満する平野に降り立った。
辺りは以前からは想像もつかないほどに変わり果てた有様となっている。
随分と大規模な魔術が使われたらしく、草木は一本残らず枯れ果てて大地は腐り、空気は淀んでいる。並の人間ならば数時間いるだけで体内に毒がたまり、立っていられないほどになるだろう。
「…………」
ここはテオドライト王国とロレンヌ帝国の間に広がる平野であり、それゆえ両者がぶつかる激戦の舞台に選ばれた。
イシルビュートは薄い膜を全身に張っており、それによって瘴気を防いでいる。
周囲に広がるのは方々がちぎれた死体と飛び散った血しぶきばかりで目を楽しませるものは何もない。
イシルビュートは目を細めてそんな地獄のような状況を眺めーー息をついた。
「見事に死体ばかりだな……」
両手の拳を握り締める。結局のところイシルビュートには戦争を止めることができなかった。開戦派の動きは予想以上に早く、王宮を巻き込んであっという間にロレンヌへと宣戦布告を突きつけて戦争を巻き起こした。
一体この戦いにどんな意味があったというのだろう。
戦争を望んだ人々は国の奥でのうのうと暮らしていて傷一つ負っていないというのに、かりだされた雑兵は無残に命を散らしている。平民の命を道具のように使う国の貴族たちへの嫌悪感が止まらない。
空を見ると、瘴気に惹かれるようにして飛行型の魔物が飛んでくるのが見えた。
じきにここは魔物が大量に住まう地へと変貌する。なんとかしなければ、瘴気は次々に魔物を呼び込み、瘴気を取り込んだ魔物は両国を襲う。そうすればこの戦争など生ぬるいと思えるような惨劇が繰り広げられる。
「ん?」
魔術の検知に、わずかな生命反応が引っかかる。場所を特定して急いで向かうと、そこには一人の少女が佇んでいた。
まだ五、六歳ほどだろうか。少女は死体の山の中、虚ろな金色の瞳で虚空を見つめていた。腰まで伸びた亜麻色の髪も、上質そうな絹のドレスにも血がべったりとこびりついている。
しゃがみこんで目線を合わせ少女に話しかけた。
「……一人か?」
「……」
「名前は?」
「……」
「どうしてこんなところにいる」
「……」
少女は何も答えない。ただ視線だけをイシルビュートにうつし、光を失った瞳でじっと見つめ返してくる。
喋れないのか、心が壊れたのか。
いずれにせよこんな場所に一人でいるなど、普通の少女ではないのは確かだ。
自分の境遇と重ね合わせ、イシルビュートは眉をひそめる。
「いく場所はあるか」
少女は首をゆるゆると横に振る。
「そうか、なら」
自然と、手を差し出した。
「俺と一緒に来ないか?」
それは、この状況を止められなかったことに対する贖罪かもしれない。せめて一人、不幸な境遇にいる子供を助けることで自分の心を慰めているだけなのかもしれない。
それとももしかしたら、昔を思い出したのだろうか。
少女はわずかなためらいの後、今度は首をコクリと縦に振る。
「上出来だ、俺の名前はイシルビュート・ヴァンドゥーラ。……荒地に住まう魔術師だ。そうだな、名前がないのなら俺が名付けようか。クレアなんてどうだろう」
「……クレア」
「そう。今日からクレア・ヴァンドゥーラだ」
差し伸べた手を、少女は握った。血がこびりついた手のひらはそれでも温かかった。
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