魔術師の師弟〜追放された天才魔術師が拾った記憶喪失の少女、実はすごい出自でした〜
佐倉涼@10/30もふペコ料理人発売
プロローグ
第1話 平民上がりの魔術師は追放される
「特級魔術師イシルビュート・ヴァンドゥーラ。君をこのテオドライト王国の王立魔術機関および王国王都から追放する」
「あ?」
「とぼけるな。君のやったことは全て暴かれている」
王国魔術機関の地下に設えられている大会議所にて、今現在イシルビュートは謂れのない罪で裁かれようとしていた。
藍色の髪の隙間から、同色の瞳を覗かせて眼光鋭くイシルビュートを裁く人物をねめつける。
中央の椅子に縛り上げ座らされたイシルビュートを取り囲むように大勢の魔術師が立ち並び、冷たい瞳でこちらを見下ろしている。
そしてひときわ高い場所に座り、こちらを見つめる男の姿。豪奢な白いローブを身に纏い、右手には杖を、左手には魔術書を持ち、さらりと横に結んだ長い金髪を垂らして長い足を組んでいる。緑の双眸でイシルビュートを見つめる様は勝ち誇っており、声高に糾弾できることに喜びを隠しきれていない。
アシュロン・ベルモンゾ。
生粋の貴族であり、イシルビュートが来る前までは史上最年少で魔術師の特級位階についた人物としてもてはやされていた。
イシルビュートの何から何まで気に入らないらしくやたらに突っかかってきたのだが、それがここまで大ごとになるとは思いもよらなかった。
「君には……敵国ロレンヌと通じ合いこちらの情報を横流ししていた嫌疑がかけられている」
「んなことするか。俺は戦争には反対だ」
「そこも問題だ。我らが誇り高いテオドライト王国と敵国ロレンヌの戦争に反対するとは、一体どういう了見なんだ」
「どういうもこういうも、戦争なんて起こらないほうがいいに決まってる。何万人もの罪のない人間の命がなくなるんだ、そこんところわかってるのか」
「君は……どうしてそう些細な事を気にするんだい? ああ、平民上がりだから同じく平民の命が気になるというわけか」
このアシュロンの言葉に取り囲んでいた魔術師たちが一斉に嘲笑した。魔術機関に在籍する魔術師たちのほとんどが貴族家の出身であり、イシルビュートのように平民で成り上がった者はごく少ない。
嫌悪感のあまり、イシルビュートは吐き気がこみ上げてくる。
「前線で戦う平民の命が何万人散ろうが、我々には関係がない。それよりも問題なのはロレンヌ王国の態度だよ。誇り高き我らがテオドライト王国を馬鹿にしてきた奴らを叩きのめしてやらなければ。そうだろう?」
そうだそうだ、という声がそこかしこから上がり同時にイシルビュートを罵倒する言葉が投げかけられる。異論を挟む者は皆無であり、わずかな抵抗を示すのは口をつぐんでいる数名だけだ。
世の中というのは結局カネとコネと権力と血筋でできている、とイシルビュートは思った。
平民生まれのイシルビュートは天賦の際に加えて必死に努力して魔術師の養成機関を首席で卒業し、史上最年少の十七歳でテオドライド王国魔術機関の特級位階の地位を得た。
これは国内一万人の魔術師においてわずか十五人しかいないという、凄まじく希少な存在だ。
王城と教会総本山に劣らない大きさを持つ魔術機関の一室に執務室を頂くという途方も無い栄誉をイシルビュートは三年前に手にしていた。
そしてその地位を利用してやりたかったことはただ一つ。
隣国との戦争回避だ。
長らく冷戦状態にあった隣国との関係がくすぶり出したのはここ数年で、アシュロンを筆頭にした貴族連中が利益のために開戦を押し進めていた。
それを止める手立てとして、自身も権力を手にしたわけなのだが。
「それももう終わりだ。イシルビュート・ヴァンドゥーラ」
自分を見下ろし不敵に笑うアシュロン・ベルモンゾ。
「そもそも、平民である君が稀代の英雄魔術師『ビュート』の名を名乗っている時点で気に食わなかったのだよ。その名前を戴けるのは……限られた身分の者だけだ」
「勝手に言ってろ。俺の名前は俺が決める」
「減らない口だな。……ロレンヌの間者である君は特級魔術師の称号剥奪の上、テオドライト王国より永久追放を言い渡す!」
あまりの馬鹿馬鹿しさにイシルビュートの口からはっ、と笑いが漏れた。
「……そうかよ」
「君の持つローブと杖、魔術書は返却を願おうか」
言うが早いが周りに詰めていた魔術師がイシルビュートの着ていたローブを剥ぎ取り、豪奢な装飾のある杖と魔術書を没収する。
「直ちにこの魔術機関より立ち去り、今後は王国の敷居を二度と跨ぐな。破れば死刑だ」
両脇を昨日までの同僚に固められ、無理やり立たされると魔術機関の裏口まで連行される。
そこで待っていた粗末な馬車に乗せられるとあっという間に王都の玄関口である城壁門まで連れて行かれ、そこで馬車から降ろされた。
「身を守る保護魔術陣を施したローブも、魔術師の武器である杖も魔術書もないお前はもう終わりだな。大人しく野垂れ死ぬがいい」
捨て台詞とともに馬車は去って行き、残されたのは文字通りイシルビュートだけだ。
息をつき、髪をクシャリとする。
この世界における魔術師というのは、魔術を細かく書き記した<魔術書>と呼ばれる書物とそれを発動するための杖が必須となる。そして剣士などに比べて身体能力が弱い分、それを補うために身体の保護魔術陣を施したローブを常時着込んでいた。
階級が上がれば上がるほどに希少で効果の高い装備を与えられ、魔術書というのは自身が得意とする魔術陣を書き記した唯一無二の書物だ。
魔術師の命とも呼べる三つの道具を取り上げられてしまえば、もうほとんど力を持たない。
都を守護する結界の張られた城壁の外は魔物が跋扈する危険な大地、あっという間に死ぬのがオチだった。
ーー通常の魔術師ならば。
イシルビュートは右手で首筋を抑えるとコキコキと関節を鳴らし、適当にそこらに落ちている小枝を拾い上げた。藍色の瞳で枝を見つめ、それをちょいちょいと振ると枝の先に光が集まる。そしてそこから一羽の光る鳥が現れ、イシルビュートの頭上を旋回したのちに城壁の内側へと飛び去っていく。
「ん、上出来。やっぱ媒介はこんくらいのモンで十分だな。杖だの魔術書だのは肩がこる」
イシルビュートは稀代の天才魔術師だ。
一度見た魔術陣は寸分たがわず脳内で再現ができるから魔術書などハナから不必要だし、魔力も他の特級魔術師の二倍は保有しているので魔力増幅の杖も必要ない。手のひらから直接魔術を発動しようとすると不安定になるのは確かだが、木の棒一本で事足りる。
ローブは重いし長いしで正直邪魔で仕方がなかった。
それもこれも全てはカモフラージュのためと思い我慢していたのだが……こうなった今、もはや必要ない代物だ。
「さて、追放されちまったけど、まだ手は打てるはずだ」
ロレンヌとの戦争回避。
それがイシルビュートの願いだ。まだ魔術機関にも王宮にも戦争反対派は残っている。彼らと連絡を取りつつ、なんとしてでも開戦だけは阻止しなければ。
イシルビュートは身軽になった体を動かし、ひとまずはロレンヌに向かおうかと一歩歩き出した。
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