第2話
「どうしてついてくるの……?」
「ええっ? い、いや、同じ学校だからだけど……?」
はい。
なぜか並んで登校することになりました。
こんなのクラスの女子に見られたら殺されるやつじゃん。
なんていうか社会的に。
「で、あのさ、昨日のことなんだけど……」
「な、なにも言いませんよ……? 絶対に言いません……墓場まで持っていきます……」
「どうしたの? 怒鳴ったり怯えたり……情緒、大丈夫?」
お前のせいです。
まず、会話という行為をナメすぎ。
朝から奇襲みたいに私んちに侵入されて、その時点で私のその日使えるコミュ力の八割は吹き飛ばされたっていうのに、隣に並んで登校するとかなにを考えてるんだ? 殺す気か?
というか中学からおおよそ五年間一言も話してないんだぞ。
なんで『昨日ぶりだねー』みたいな感じなんだ。殺すぞ。
いやもう無理だわ。地位も腕力も勝てない。イケメンだし。私より頭二つぶんぐらい身長高いし。
っていうか顔を見上げると首が痛いし、視線さげてると股間見てるみたいだし、隣に立たれるだけで詰むとかどういう存在だよ。寿命も奪っていくし死神かなにか?
死ぬわ。私が死ぬわ。私が死ねばいいんでしょ。
情緒がまったく大丈夫じゃない。帰りたい。っていうかこいつのいない場所ならどこでもいい。
「あー、あのさ、俺がその……動画配信……してるって知って、どう思った?」
二択で対応できない発言をしてくるな。格闘ゲームの猛者かよ。
動画配信自体はしてそうなんだよねぇ〜……明るいし、社交性あるし、顔がいいし。
でも配信してる動画の内容がなぁ〜……口に布かませられたカオナシが銃突きつけられて無理やりやらされてるみたいな実況動画なんだもん。
「……え、そのー……えへへへへへ……?」
「……悪い。答えにくいか。ま、そうだよな。俺、ずっとサッカーやってたし、動画配信とかやるイメージないか」
サッカー。
コミュ力の高いイケメン様は、デリケートな話題をなんでもない調子で振ってくる。
こいつがサッカーをやめてしまったのはケガが原因だ。
……と、言うと二度と激しい運動ができない大ケガでも負ったようだけれど、そこまで劇的なことは、イケメン様の人生といえども起こらない。
タイミング。
必死に練習してきた大事な試合の前に、試合には出られない程度のケガをした。
それから、サッカーはやめたようだった。
……このあたりの情報は聞いてもないのに母が食卓でペラペラしゃべるものだから知っている。『もったいないわねぇ』とかいう感じで。
知るか。
私は私の財産じゃないものが失われても勝手にもったいないとか思わないんだ。それを『もったいない』と思っていいのは、本人だけの権利だろうに。
……その時の苛立ちのせいで、時期まで覚えている。
中学二年の夏だった。
萎えて辞めるには、充分な時期だったんじゃないかな。
いや、サッカーとか知らないし。興味もないけど。夏ってスポーツ野郎どもにとって大事っぽい時期じゃん。
そんな『青春の生傷』みたいなものを雑談みたいにお出しされた私は困るしかない。
こっちは反応の種類が『へらへら笑う』と『黙る』しかないんだから、あまり無理を強いないでほしいんだけど。
「……ああ、俺はもう気にしてないよ」
気にしてるのは私の方です。
タッチの仕方がわからなんだよ! うかつに触れたらキレられそうで怖いから!
「まあ、とにかく……うん。動画配信は最近始めたんだ。ここ一年ぐらいで……」
「いや、半年でしょ」
「え?」
「あ」
サッカー野郎にトラップされた。
「まさか、俺の配信見てたの? ずっと?」
「い、いや、ずっと? ずっとは……えへへへ」
「ふふふ」
なに笑ってんだ殺すぞ。
「いや、嬉しいな……視聴者が実在すると思わなかった。俺の配信、つまらないでしょ?」
「う、うん」
「ねー」
なに笑ってんだ殺すぞ。
いやもう私が死ぬわ。生きててごめんなさい。
私は嘘をつくと死ぬのか? 神様に黙秘権を奪われてるのか?
コミュ力不足はスルー力不足だということを痛感させないでほしかった。
私がクラスで黙っているのは発言の距離感がわからないからで、話しかけられるのを忌避しているのは『コミュニケーションのための適度な嘘』が苦手だからだ。
というかこいつ、あのクソ動画の配信者だって知られたくないんじゃないの?
だから私を恐喝して秘密をしゃべるぐらいなら消すって言外に脅してるんじゃないの?
「ああ、配信してるのは黙っててほしいんだけど、サナが見ててくれたのは嬉しいんだよ」
名前で呼ぶな。お前は親か?
さっきから私の心がずっと騒がしい。全然落ち着かないしむやみやたらとアグレッシブだ。殺意と弱気の反復横跳びが永遠に続いて死にそう。
こっちの情緒はメーターのネジがゆるゆるで、ゼロとマイナス方面最大しか用意がないんだよ。うまく調整できないんだ。ゆさぶらないでください。
「ただ、クラスの連中には知られたくないんだ。なんていうか……あいつらは、怖いから」
私などおそるるに足りないそうです。
わかる。
「とにかく、動画のことは、俺とサナの秘密ってことで。いいかな?」
うなずいたらその長い脚を存分に活かして私をぶっちぎりながら登校してくれないかな、と願ってうなずいた。
そうしたら。
「よかった」
笑って、私と歩調を合わせたまま、前を向いた。
まさか『あのー、消えてくれませんかねぇ。視界から……』などと言えないまま、黙って歩いた。
どれだけ私がペースを落としても、私を振り切ることなく。
遅刻寸前になるまで遅くしても、こいつはずっと、隣にい続けた。
◆
……たしかに。
小学校までは、付き合いがあったんだ。
私はあいつを『
あいつは私を『サナ』なんて呼んで。
毎日いっしょに遊んでた時期があったんだよ。
でも、それはもう遠い遠い昔の話だ。忘れたい過去のことだ。
なにもかもが恥ずかしい。前髪が短かったことも、男みたいな格好をしていたことも、泣き虫だったあいつの姉貴分みたいにふるまっていたことも、交わした言葉も、なにもかも、忘れたい。
しょっちゅう膝に貼っていた絆創膏なんてパッケージを見ただけで当時の記憶がよみがえって悶死しそうになる。
私は背が高くてよく男と間違えられて、あいつは背が低くてかわいかった。
……昔から顔よかったな、そういえば。
それが、小学校卒業するぐらいから……あいつは、モテ始めた。
私の身長は四年生ぐらいで止まってしまったけれど、あいつはグングンでかくなって━━
もう、私が後ろを振り返って、あいつがちゃんとついて来てるか確認する時間は、終わってしまったんだ。
だからもう、私とあいつは、無関係な他人だ。
一緒に登校する義理はなかったし、下校する義理もない。
昼休み。
クラスの片隅、イヤホンを挿して、私はスマホで本を読む。
ページをめくるけれど内容はさっぱり頭に入っていない。それでいい。どうせ何回もめくってる青空文庫だし。
本の内容には興味がなかった。文字を追う趣味もなかった。
ただ、こうやってスマホとイヤホンで武装していれば、誰も私の陣地に入ってこない。
私は一人が好きではない。
ただ、誰かとわずらわしい会話をするのが嫌いなだけだ。
小さいねとか、前髪長いねとか、彼氏いるの、とか。
そういうクソどうでもいい会話に混ぜられて、うかつな発言一つで槍玉に上げられるような綱渡りをしたくないだけだ。
だから私は昼休み、イヤホンを挿してスマホで本を読む。
これは礼拝であり祈祷だ。よからぬものが私に寄ってこないように、何ともしれない神様に祈っているだけなのだった。
もしも私が神の姿を問われたならば、きっとスマホと答えるだろう。
だから今日も祈っている。神様どうか、私を一人のままでいさせてください。煩わしい人間関係からどうぞ、お守りください。
「サナ、昼飯行こう」
背の高いあいつは、長い腕を伸ばして、大きな手で私の肩を叩いた。
断ることはできなかった。それができればお祈りなんかしてない。
だから私はあいまいに笑う。
あいまいすぎて、はっきりしなくて、あいつはそれを肯定と受け取った。
どうやら神は死んだらしい。
あるいは、最初からいなかったのかもしれない。
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