好きな君はここにいない
稲荷竜
第1話
幼馴染の顔がいいことが私の唯一の自慢で、私の人生の最大の汚点はあいつが幼馴染であることだ。
背が高くて脚が長くて清潔感があってクラスの女子たちに騒がれるレベルのイケメンのくせに、誰とも付き合わないせいで私がなぜか恨まれる。
『なんとか言ってよ』と頼まれたりするけど非常に迷惑。だってあいつとは中学に上がってからまともにしゃべってないし。
そもそも、顔がいいやつは苦手だ。
背が低くて地味でメガネで根暗で被害妄想な私は、顔のいい人類を別な生き物だと思っている。
だいたい、顔がいい、外面がいい、モテるようなやつなんか性格は最悪に決まってる。
クラスメイトの五木泉さんとかひどかったからね。男子にめっちゃモテてるのに陰でめちゃめちゃ悪口言ってたから。しかも同意求めてくるからね、悪口に。そんで同意するとその悪口、私が言ってたことにされるから。無理。
顔面と精神の綺麗さは反比例すると私は信じていた。
だから幼馴染のあいつも、きっと裏ではなにかひどいことをしているに違いない。だって顔がいいもん。眉毛とか整いすぎだし。なにあいつ、脱毛でもしてんの?
だから幼稚園のころからの付き合いだろうが、家が隣同士だろうが、私の部屋からあいつの部屋が見えようが、私はあいつとの付き合いを避け続けてきた。
クラスでの地位が低い私があいつと話しているところを見られたらなにをされるかわからないし。
私に話しかけておいて、私が答えたらどうせ『前髪長すぎる女に話しかけられた。妖怪かと思った』とかグループにメッセージ送るんでしょ。宇治沢さんとかそうだったし。
だから、あいつにはかかわりたくなかったのに。
たまたま。
換気、したかっただけなのに。
春先の強い風のせいでめくれたカーテンが、たまたま、あいつの部屋を私に見せつけた。
ごめんなさいごめんなさいのぞきとかじゃなくって━━反射的に謝りそうになって、小学校から使い続けているメガネがずるりと落ちるのもかまわず、私は無言のまま、あいつの部屋の光景に釘付けになってしまった。
あいつは動画配信をしていた。
そして━━
私が大好きな動画配信者だった。
◆
半年間毎日投稿しているのにチャンネル登録者数七名という神様から配信者の才能をうばわれたとしか思えない投稿者がいた。
私はそいつに夢中になった。
世界の片隅で誰にも顧みられないような存在を発見すると興奮してしまう。
しかも私だけが見つけたこの存在は、見つけても決して誰かに好かれることがなさそうで安心してしまった。
アバターは何をモチーフにしたかわからない、冒涜的な緑色のクリーチャー。一生懸命がんばったことだけが伝わってくる、フランケンシュタインだってもう少し望まれて生まれてきたであろう代物。
配信内容はゲーム配信だっていうのに、たまに「あっ」とか「……ふぅ」とかささやくだけ。
なにか面白いこと言え。
っていうか、ゲームを実況しろ。
腹から声出せ。
配信内容はクソみたいにつまらなかったけれど、そこが逆に面白くって、私はすっかりそいつに夢中になってしまった。
イヤホンで聞くだけでは静かすぎて配信者の存在を確認できないし、ずっと画面を見続けるにはあまりにも絵が退屈なそいつは、私の癒しだった。
きっと中の人も私みたいなひねくれたコミュ症に違いないと思った。
髪の毛なんかボサボサで、服を買いに行く服もなくって、通販で頼むと必ずサイズが合わない呪いにかかっていて、色は白黒はっきりしないグレーに違いないと、そう信じられた。
私は人生で初めて同胞を見つけたような気持ちでその配信を毎日見守った。
動画内容に改善とか進歩がないあたりも最高だった。
きっとこいつは努力が嫌いな怠け者で、誰かにアドバイスを求められないコミュ力不足で、誰にも顧みられない地味なやつだと思えたんだ。
だっていうのに━━
中身が、コレ!?
「い、いや、違うんだ。聞いてくれよ!」
「腹から声出すな! 綺麗な目で私を見るな!」
「とにかく━━動画配信をしてることは、黙っててほしいんだ。頼むよ!」
「私のクラスでの交友関係知らないの!? 話す相手なんかいないよ!」
「え、いや、それは……その、ごめん」
「謝るな!」
……と、互いの部屋のバルコニーから身を乗り出すようにして言い合っていると、不意に吹きつけた強い風が私の興奮を冷ましてしまった。
相手はクラスでの地位が高いイケメン。
私はクラスの最底辺。
殺される……
イケメン様に怒鳴ってしまった……殺される……
急に我に返るとだらだら汗がこぼれてくる。前髪が張り付く。っていうか、え? 私、バルコニーでイケメン様と見つめあってるの? この格好で? 中学から着てるスウェット姿で? 襟首伸びきってるのに?
あいつ私服まで格好いいのなんなの? なんだよそのゲーミングカラーのステテコパンツはよぉ……どうして似合うんだ。私がはいたら下半身だけ規制表現でキラキラさせられてるみたいにしかならないよねあれ。
私はバルコニーから部屋に入ると、カーテンを閉めた。
「え、ちょ」
それから窓を閉めて、鍵をかけた。
部屋を暗くして耳を塞いでブランケットを頭までかぶった。
イケメン様に怒鳴ってしまった。
どうしよう。
どうしたらいいか全然わかんない。
明日クラスで公開処刑されるのかな……
全部夢だったことになんないかな。
スヤァ。
◆
「おはよ。あのさ、昨日の話だけど」
朝起きたら一階の食卓には当たり前のようにイケメン様がいらっしゃって、私はボサボサの髪を後ろにどかす姿勢のまま固まってしまった。
母!
なんで彼がここにいるの!?
知らない人を家に上げちゃいけないって、私に教えたの母だよねえ!?
「よかったわねぇ。またお話するようになって」
私の思念は母に通じなかった。
イケメン様はトーストなどお召し上がりになりながら「あ、おいしいです。コーヒー? ありがとうございます、いただきます」と年上女性を残らずノックアウトする爽やか笑顔で母と小気味よく話して、また私に視線を戻した。
私はといえば目を閉じたら目の前のイケメンが消えてなくなっていたりしないかなと試みていた最中だったもので、目を開けた途端に視線が私の目にまっすぐ突き刺さってきて、なにがなんだかわからなくなってしまって、
「で、あのさ、昨日のこと━━」
「人の目を見て話すな!」
「ええ!?」
「う、や、あ、その、昨日の話……昨日の話……昨日、なにかあったかな? へへへへ……?」
なぜ自分が笑っているのかわからない。なぜか笑いが込み上げてきた。
たぶん命乞いだと思う。
とにかくこのまま『昨日はなにもなかったし、なにも見なかったです』ということで通そう。
っていうか朝から他人と会話とか無理。寿命が半分になるわ。
しかも顔面の綺麗なやつを目の前にしてこっちは寝起きで顔も洗ってない上に、前髪も食事の邪魔だから後ろにまとめてしまったし、そういえば腹とか掻いてた気がするし……
死だわ。
とにかくこのまま穏便に『全部、なかったこと』として事態に推移してほしかった。
しかし、ここで母が言う。
「そういえば昨日の夜、なにか大騒ぎしてたわねぇ。えーっと、たしか……」
「思い出さなくていいから!? なにもなかった! なにもなかったの!」
「そう? ま、いいけど。それよりあんたも朝ごはん食べちゃいなさいよ。
「こ、高校生男子を小学校の時の呼び名で呼ぶのよくないと思います」
「俺は気にしませんよ。久しぶりに呼ばれてなんだか懐かしいなあ」
「そうよねぇ」
私を挟んで親しげにするな。
とにかく私は逃れられない運命を感じて、朝食をとるしかなかった。
目の前でイケメンが話したそうにしてる状態での朝食、ひどく落ち着かない。
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