第4話 気付いてしまった気持ち

退院したとはいえ、もうしばらくは松葉づえが欠かせない私は、朱希ちゃんの勧めもあり、両親が経営している旅館でお世話になることになった。


「ホントにいいの?」

「はい。私のせいでけがをさせてしまったので、ぜひうちの旅館でゆっくりしていってほしいんです」


そりゃあ、朱希ちゃんと旅館でゆっくりできるなんて…

なんて魅力的な選択肢なんだろう!って思うけど…


さすがに大人としてそこまで年下に甘えてもいいものなの?

って思ってしまう。


でも結局、意外と押しが強い朱希ちゃんの言葉で、朱希ちゃんのお家まで来てしまった。




「―わぁ…すっごく…いい旅館…!」

「ありがとうございます」


海を見渡せる、とってもいい場所に立ってる。

中に入ると、朱希ちゃんのご両親が出迎えてくれた。

ご両親、そして朱希ちゃん自身もだけれど、私にけがをさせてしまったことをいたく気にしてくださっていた。


なんだか私の方が恐縮するくらいだったけど、まぁせっかくの心遣いを無碍にするのも、と思い、彼らに甘えてお世話になることになった。


案内された部屋はものすごくいい部屋で、料理もおいしいし、おまけに露天風呂で…。まさに至れり尽くせりだ。


ただ、松葉づえの身なので、あまり自由にはお風呂を楽しめなかったけど、それでも病院にいるときよりも、調子が戻るのが早いと感じられた。


朱希ちゃんは相変わらず私の世話をしてくれた。

ほんとによくできた娘だ。


家にいるからか、朱希ちゃんの表情も緊張が消えてリラックスした表情が増えた。

だからなのか、ふとした朱希ちゃんの表情がすごく魅力的で…。


何気ない瞬間に覗くのは-海で見た、あの真っ暗な瞳ではなく、明るい光を宿した、美しい瞳。


その目が私を捕え―高鳴る胸の鼓動を、どうか朱希ちゃんに聞こえないように、と祈るばかりだった。





「ただいま、詩音さん」

「おかえり、朱希ちゃん」

「あのー…実はお願いがあるんですけど…」

「なぁに?私にできることならいいけど」

「実は…英語の宿題が分かんなくて…」

「ふふ…いいわよ、英語なら得意だし」

「ホントに?よかったぁ」


毎日、帰ってくると真っ先に私に顔を出してくれる朱希ちゃん。

たまに宿題を教えてあげたりして、どんどん朱希ちゃんとの距離が縮まっていく。


「…だから、この部分は関係代名詞が入って…」

「なるほど…」


こうして朱希ちゃんと並んで座って勉強してるなんて…

あぁ、ダメ。意識するとドキドキしてきちゃうよ。


私が朱希ちゃんにドギマギしながら教えてるその横で、朱希ちゃんが真剣にプリントに書き込んでいく。


その真面目な表情が、また綺麗で…


困ったことに、その表情にまたキュン、と来てしまう私。

顔が、そして身体が熱を発しているかのように熱くなってくる。


きっとこの熱も、朱希ちゃんがこんなに可愛いから…


そんな風に思いながらじっとその横顔を見つめていると、

ふと朱希ちゃんが顔を上げて目が合ってしまった。

でも恥ずかしくて目をそらそうとする前に、朱希ちゃんがこう言ってくる。


「そうだったんですね…すっごくよく分かりました!」

「そ、そう?よ、よかった…」

「…詩音さん?顔が赤いけど…」

「―!!!あ、あの、こ、これは…」

「…っ!まさか熱がまた上がったんじゃ?」

「あ、あの、何でもないの!」

「いいから詩音さんじっとしてて!」

「ふぁい!」


朱希ちゃんが手を私のおでこに当ててくれる。


―!!!


もう、私はこのまま心臓に羽がついて飛んで行ってしまうかもしれない…


そんな馬鹿なことを考えるくらい、鼓動が半端なかった。

朱希ちゃんがこんなに近くにいて、しかも私のおでこに手を…


ひんやりと少し冷たい朱希ちゃんの手。

そして、じっと心配そうに私を覗き込む朱希ちゃんの、ちょっと垂れた、可愛い目。


おでこに触れられているだけで私は全身に電流が走ったみたいに感じた。

背中が、ゾクゾクゾク…、と甘い快感が走ったように感じた。


「―っん…ふぅ…ん…!」

「―さん…?詩音さん?」


もう…だめ…


朱希ちゃん…


朱希ちゃんのハスキーな声が聞こえる。

あぁ、この声で名前を呼ばれるのって…いい。


「―んさん?大丈夫ですか?詩音さん!」


頭までぼぅっとしてくる。


あぁ、朱希ちゃんの声が…遠くで聞こえる…

まるで私が熱に浮かされているみたい…


「詩音さん!ね、熱があるじゃないですか!」

「―ふぇ?ね…熱…?」

「高熱ですよ!?ちょ、ちょっと待っててください!」


すぐに布団を敷いてくれて、そっと私を寝かせてくれる。

そして朱希ちゃんが濡れタオルを持ってきてくれて、そっとおでこの上に載せてくれた。


ひんやりして気持ちいい…


「…どうですか、詩音さん…」

「私…熱なんてないよ…?」

「何言ってるんですか、すごい熱ですよ?」


うそだ…

だってさっきまで全然平気だったのに


でも頭がぼぅっとする

身体が重くて…


そっと朱希ちゃんの手が私のおでこに触れる。

ぼぅっとした私には、それが夢なのか現実なのか判断できなかったけど、


「…ゆっくり休んでください、詩音さん…」


すごく優しく、朱希ちゃんが私に言ってくれた言葉を聞いて、そっと意識を手放した。





頭が重い…

身体が熱くて、吐く息まで熱がありそうな気がする


どうしたんだろう?

これって熱なんかじゃなくて、

単に朱希ちゃんに見惚れて熱が上がってるだけなのに


左足が痛い…

身体が熱を持って…痛みがぶり返してるみたいに感じる


「…おんさん…詩音さん…」


朱希ちゃんが、呼んでる

心配そうな声。


「…朱希…ちゃん…」

「詩音さん!大丈夫ですか…?」


目を開けると、霞んだ視界の先に、朱希ちゃんがいてくれた。


―ずっと、傍にいてくれたんだ―


きゅう、っと胸が締め付けられる。


何て優しい子だろう。

きっとご両親に愛情いっぱい育てられたんだろう


でも、心のうちに、何か大きな、とても大きな闇を抱えてる

それをひた隠しにして生きてる

周りに、心配させまいとしてる


まだ高校生なのに、そんな生き方をする朱希ちゃんが


とても…


「朱希ちゃん…朱希ちゃん…」


なんだか朦朧とする意識の中

朱希ちゃんに触れたくなり、そっと手を伸ばす


「…詩音さん…」


朱希ちゃんの、心配そうな顔にふれる。


柔らかい頬…


「朱希ちゃん…」


こうするとなんだか安心する。


もっとたくさん、言ってあげたいことがある

聞いてあげたいことがある


そして

いつか、きっと

朱希ちゃんが抱えるものを…一緒に…


ずきん、と頭が痛む。

苦痛でうめくと、朱希ちゃんが悲鳴を上げてわたしの手を取ってくれた。


「…いつか…」

「…え…?」


あぁ…だめだ…

ちゃんと言いたいのに、意識が持たない…


「…私も…朱希ちゃんの…力に、なりた…い…」

「―っし、詩音さん…!」


そこで再び、ぷつんと意識が遠のいていった。

朱希ちゃんが、私を呼ぶ声が遠くで聞こえた。




「―ん…」


だいぶ頭が軽い。

さっきまで鉛のように重かったのが嘘みたいだ。


目を開けて見回すと、朱希ちゃんが傍で座ったまま寝てしまっている。


―ごめんね、ずっと看病してもらって…


枕もとの氷枕も、濡れタオルもまめに替えてくれていたのを覚えてる。


今何時だろうか、と時計を見ると、すでに夕方を通り過ぎ、夜中の11時を回る頃だった。


朱希ちゃんをこのままにしておけない。

明日も学校のはずだ。


そう思って朱希ちゃんを呼び起こしてあげた。


「…朱希ちゃん、朱希ちゃん」

「…ん…んん…」


―っ!



色っぽい…



だめだ。また熱が上がりそう。

邪心を振り払うように、寝ぼけまなこの朱希ちゃんを起こしてあげた。


「朱希ちゃん。分かる?」

「…んん…しおん…さん…?」

「うん。朱希ちゃん、ありがとうね。おかげでだいぶ楽になったよ」

「あ、あぁ…よかったです…ずっとうなされてたみたいだから…」

「そうだったんだ…ほんとにありがとう」

「いいえ。よくなったみたいでちょっと安心です」

「あ、ねぇ朱希ちゃん、もうこんな時間だし、今日はもういいよ?明日も学校でしょ?」

「それはそうですけど…詩音さんを一人にするのもまだ心配で…」

「うーん、たぶんもう平気よ?それに無理しすぎると朱希ちゃんまで倒れちゃう」

「…はい…」


このままずっと看病してくれそうな朱希ちゃんを、なんとか自分の部屋で休んでもらうように説得した。


うなだれた朱希ちゃんの表情。

ちょっとだけ拗ねたような顔が可愛い。


その表情を見て、胸の奥がまた疼く。

ひとまずその胸の痛みを今は無視して、朱希ちゃんを休ませてあげなくちゃ、と部屋に戻ってね、と言おうとしたときに、朱希ちゃんが私の方を見て気が付いた。


「―詩音さん?ものすごく寝汗かいてませんか?」

「―あ、そういえばそうね」


言われて気が付いたけど、汗がぐっしょりだ。


「うーん、どうしよう…」


そう言うと朱希ちゃんが


「じゃ、じゃあお風呂に入りますか?私が支えますから…」

「あ、そこまでしてくれなくても…そうね、濡れタオルで拭くくらいでいいよ」

「―っ!!そ、そうですか…」


そういうと顔が真っ赤になる朱希ちゃん。

そのままタオルを作ってきます、と走るように出ていってしまった。


「…やっぱり…可愛いなぁ…」


うぶな反応だな、と思いながら、そんなところがまた魅力だとも思う。


なんだか気遣いができて、可愛くて、女の子の中の女の子っていう感じなんだけど、なぜかたまに…そう、うぶな女の子…いや、そう、まるで…


そう思いかけてると朱希ちゃんがちょうど入ってきた。


「じゃ、じゃあ…タオルを持ってきたので…わ、私は部屋の向こうに行って…」


やっぱり真っ赤になって、なぜか出ていこうとする朱希ちゃんを必死にとどめる。

さすがにギプスをしている身体を一人で全部拭けるほど身体は柔らかくないし…


なにより朱希ちゃんに拭いてほしい。


「じゃ、じゃあ…わ、分かりました…」

「よかった。じゃあお願いね」


意識すると汗が張り付いて気持ち悪いのが分かってしまう。

布団をはいで、それからTシャツを脱いで上半身はブラだけの状態になる。


するととたんにうろたえる朱希ちゃん。


「ちょ、ちょっと詩音さん!ぬ、脱ぐなら一声かけてください!」

「―?だって…」

「む、向こう向いてますから!」

「そ、そう?」


まるで湯気でも出そうなほど真っ赤っかな朱希ちゃんが背を向けて座る。


「うーん…まぁいいけど…」


残念だな、とちょっと思ってしまう。

本当はきゃあきゃあ言いながら触りっこなんでできたら…なんて…


そう考える私も私か。


どうも朱希ちゃんに対しては暴走気味な自分を抑えるように、頭を切り替えてズボンを脱ごうとする。


しかし。

自分では脱げないことに気が付いて…


「ね、ねぇ朱希ちゃん」


びくん!と身体が跳ねる朱希ちゃん。


「あ、あのね?ちょっと手伝ってほしいだけど、こっちに来てくれる?」

「ど、ど、どうしてもですか?」

「え?そ、そりゃ…ひとりでできないから…あのね、ズボン脱ぎたいんだけどギプスが引っかかって脚の部分が脱げないのよ」

「―!!」

「だからお願い、こっちに来て脱がせてくれる…?」


なるべく普通に言ったつもりだけれど…

ひょっとしたら私が興奮してることが漏れ出てしまったかも。

あぁ、同性に発情する変態だと思われるかも―


そんな心配をしていると、朱希ちゃんがしばらくの間無言だったけど、真赤な顔のまますっと立ち上がって傍に来てくれた。


「…ありがと、朱希ちゃん」

「…は、はい…」


うぅ、ガチガチに緊張してる朱希ちゃん。

可愛いよぅ…!


「じゃあ、ズボン脱がせてくれる?」


そう言うと私は腰を浮かせる。

自分だとここまでが限界なのだ。


私の意図を理解できた朱希ちゃんが、さらに固まる。

が、ふかく深呼吸をすると…ゆっくりと手を伸ばして、スルスル…とズボンを脱がせてくれた。


「…ん…あ…」

「―!」


手が太ももに触れて、思わず反応してしまった。

声が出てしまって朱希ちゃんが再び固まる。


同性でもこの格好は恥ずかしいが、声まで聞かれたとなるとかなり恥ずかしい。顔から火が出そうだ。


「そ、その…ご、ごめんなさい、続けて?」

「…は…はい…」


朱希ちゃんの手がふるえてる。

緊張が伝わってくる。

私の緊張も、胸の鼓動も…そしてひょっとしたら、興奮してることも…朱希ちゃんには分かってるのかもしれない。


でも全部、そういうのをひっくるめて、とっても濃密な時間だ。


朱希ちゃんの手がギプスに触れ、そこを避けるように、ズボンの左足部分を大きく開けて脱がせてくれる。


そうするとようやくズボンが全部脱げて、腰を下ろすことができた。


固まったままの朱希ちゃんを見ると、自分が何をしているのかを自覚させられて、下着姿を晒す自分の姿に羞恥心が再び湧いてしまう。


でも汗は拭いてほしいので、朱希ちゃんに声をかけて、背中や足の先、ギプスの中など、自分では絶対に手が届かない場所を拭いてもらう。


「はぁ…気持ちいい…」

「―っそ、そうですか、よ、よかったです…」


朱希ちゃんの声が揺らぐ。


しまった、ひょっとしたら違う意味で捉えられたのかも。

いや、もちろん『そっちの意味』でも気持ちいい。

朱希ちゃんの手が背中や肩、腕、お腹などいろんな場所に触れて拭いてくれる。

その度に、ぞくぞくした感覚が走り、恍惚とした表情を浮かべてしまうのだ。


―正直、声を出さないように死力を尽くした感じだ。



だけどあらぬ誤解を与えてしまっては印象がよくない。


下腹部の奥が熱くなるほど気持ちよかったけど


―いやこの言い方自体がダメだな―


とにかく、そっちの意味ではないんだと伝えたいが上手くいかない。


結局、あまりにも気持ちよくて朱希ちゃんにほぼ全身を拭いてもらってしまった。


おかげで汗もすっきりし、いろんな意味で気持ちよかったし、朱希ちゃんの可愛い顔も堪能できた。


とても濃密な幸せな時間だ。


「…し、詩音さん…お、終わったので、そ、その…」

「へ?あ、ご、ごめんね朱希ちゃん、結局全身拭いてもらって…」

「い、いいえ、い、痛くなかったですか?」

「全然!気持ちよかったよ?と、蕩けるくらい…」

「―っ!!わ、私、これ洗濯籠に入れてきますね!?」

「え?あ、朱希ちゃん?」

「お、おやすみなさい!」


私の最後の言葉を聞くと、慌てるように立ち上がって、汗でぬれた私のシャツとズボンを持って行ってしまった。


しまった…最後の一言は絶対に余計だった…



彼女が出ていった部屋。

熱も下がって、思考がクリアになる。


今まで、これほどまで私のこの身を焦がす思いがあっただろうか。

確かに彼氏がいた時期もあった。

でも、本気になれなかった。

彼氏よりも、部活や勉強を選んだ。


結局、今までの私の恋なんて、恋ですならなかったんだ。


今ならわかる。


朱希ちゃんが、ここにいてくれるだけで胸が高鳴る。

その姿を見ていられるだけで、心が満たされるのだ。

私に笑いかけて、そして甘えてくれたりもする。


―誰かを想うことは、こんなにも幸せなことだったんだ。


たとえ、同性であっても

たとえ、年下であっても


振り向いてくれなくてもいい。

朱希ちゃんが、永遠に私の気持ちに気づかなくてもいい、とすら思う。


何故って…?


もし朱希ちゃんが私の気持ちに気づいてしまったら、いつの日か、この関係が崩れるかもしれないから。


だから、朱希ちゃんが私の気持ちに気づかなければ、私はずっと、朱希ちゃんを見ていられる。


ずっと、この幸せな片思いの時間を過ごせる。



―恋なんて、くだらないって思ってたよ。


朱希ちゃん。

そうじゃ、なかったんだね。


朱希ちゃんが、それを教えてくれた。

あの時の私が…間違ってたんだ。


自分が進む道には恋なんて邪魔だって思ってた、昔の私。


朱希ちゃんに会って分かった。


恋には、まるで魔法のような不思議な力があるんだ、と。


私のそばで微笑む朱希ちゃんを見ていて、そう思った。


「…おやすみ、朱希ちゃん」


まだ真っ赤っかであろう、愛しい朱希ちゃんに、お休みの挨拶をして、再び瞼を閉じた。

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