第3話 薔薇色入院生活

生まれてこの方入院なんてしたことがなかった私にとって、日がな一日病室でぼぅっとしている生活は…正直、かなり辛かった。


骨折していてうまく歩けないし、打撲痕も痛みがまだ引かない。

おまけに時々熱も上がってしまい、そうなると寝てるしかなくなってしまう。


ついつい仕事のことを考えてしまい、同僚や部下に指示だけでもしておこうか…と思い、会社の電話番号を画面に表示させたところで、我に返り、やっぱりやめておこうと思いなおすこと、数回。


―朱希ちゃんが怒る姿が思い浮かんでしまい、1度電話して以来、ずっと電話はしていないのだ。


だから…そんな毎日を送る私にとって、唯一かつ最大の楽しみは…


なんといっても、朱希ちゃんだった。



本当にまめな子で、宣言通り、毎日放課後になるとかならず面会に来てくれる。

なんでも家が海辺で旅館を営んでいるそうで、着替えやらなにやら、一切をいつも持ってきてくれるのだ。


嬉しそうに世話をしてくれる様子を見ていると、本当に嬉しくなる。


朱希ちゃんのその顔を見ているだけで、やっぱり私の胸はトクン、トクン、と高鳴ってしまう。

今どきの高校生には珍しく、脱色していない、綺麗な黒髪。

ふわっとただよう甘い香りに…どうしようもなくドキドキしてしまう。


だから、朱希ちゃんのいない時間は本当につまらないけど…朱希ちゃんが顔を出してくれている、夕方からのほんの数時間は、私にとって、まさに至福の時間だった。


朱希ちゃんが可愛すぎて、眺めてるだけでも幸せな気分に浸っていられるのだけれど、ちょうど看護師さんが、身体を拭くためのおしぼりを持って来てくれたときに…思いついてしまった。


朱希ちゃんに拭いてもらえばいいんじゃないだろうか、と!


直接、朱希ちゃんの細くて小さな手で、私の肌に触れて欲しい…!

背中もそうだし…も、もし朱希ちゃんさえよければ、こ、この胸の下も!


そう!詩音、勇気を出すの!

これは、いわば女同士のスキンシップ!

温泉でおっぱいをもみ合うのとまったく同じ!


なるべく自然な声をだせるように…


「あ、あのさ朱希ちゃん…」

「はい詩音さん。なんでしょう」

「…ちょ、ちょっと暑いから…か、身体拭いてくれないかなー、なんて…」


そこですかさずおしぼりをそっと差し出すと…


朱希ちゃんの顔がぼん!と真っ赤になってしまった。


「え!?あ、あの…ふ、拭くって…し、詩音さんの、か、身体をですか!?」

「…だめ?」


よくやった詩音!

我ながらこの甘えた口調に、ちょっと見上げる視線!

ほら、朱希ちゃんの顔がさらに真っ赤に…


「…わ…分かりました…」

「―よしっ!」

「―え?」

「へ?あ、な、何でもないのよ?じゃ、じゃあ…まず背中をお願いしようかな」


あぁ…心臓がドキドキして飛び出してきそう!

朱希ちゃんに身体を拭いてもらう…私の肌に、朱希ちゃんの手が…


そんなことを思い、真っ赤になっているだろう私の顔に気づいていないことを祈りながら、おしぼりを朱希ちゃんに渡す。


そして、勇気を出して背中を捲り上げ、朱希ちゃんの方に向ける。


「じゃあ…お願いします…」

「…は…はい…!」


震える手が、そっと私の背中に触れ…そしてゆっくりと私の背中を拭いていく。

まるで朱希ちゃんの吐息が私の背中にかかっているみたいに感じる…。


あぁ、やばい…キュンキュン来るよ、これ…

ま、毎日してほしいかも…


朱希ちゃんの手の感触から、勝手に妄想を繰り広げていると…

ふと、朱希ちゃんが小さくつぶやいた。


「…詩音さんにあんなに可愛くお願されたら断れないじゃないですか…」

「え?」

「もう…詩音さん、自分がすっごく美人なんだっていう自覚ありますか?…さっきの表情は反則です」

「へ?び、美人?」

「そうですよ…ど、ドキドキしたんですから…」


背中で、照れたようにそっとつぶやく朱希ちゃん。

その恥ずかしそうな声が、ありありとその様子を思い起こさせる。


だ、だめだ可愛すぎる!

こ、こうなったらブラを外してもらったり…


い、いやしかしダメだ。

さすがにこのまま欲望のまま突っ走ると、人としてダメな気がする!


そんな思いが去来し、どうにか自制することができた。


でも朱希ちゃんに触れられたときの、電流が走ったような甘い快感を思い出して…

思わず下腹部の奥が熱くなるのを覚えてしまった。


―後で履き替えなくちゃ…


朱希ちゃんの手のぬくもりをまだ背に感じながら、どうやって次の機会を狙うか、を考えていた。




予定より長引いたが、2週間がたち、ようやく退院できるようになった日。

朱希ちゃんが、私の荷物を運んでくれながら、こう言ってくれた。


「…詩音さん。ありがとうございました」

「え?何で朱希ちゃんがお礼を?むしろお世話になりっぱなしだった私のセリフだよ?」

「…いいえ、やっぱり私にとって『ありがとう』です。だって…私の命の恩人だから…」

「朱希ちゃん…」

「すごく悩んでたんです。自分の力じゃどうしようもないことだから…。そしたら、足は勝手に海の方に進んでて。ふと気が付くと、もう膝まで海に浸かってて…あぁ、このままこの深くて暗い海の中に行くのかな、そうすれば楽になるのかな…って…」

「…」

「詩音さん。改めて、お礼を言わせてください。馬鹿な私を助けてくれて…ありがとうございました」

「…うん。朱希ちゃんが助かってて、ホントに嬉しかったんだから。」

「ごめんなさい…」

「謝らないで。朱希ちゃんがいてくれて、私入院生活が楽しかったのよ?」

「…よかったです。ご迷惑だったかなって思ってたから…」

「迷惑だなんて!むしろずっと続けばいいのにって思ったわよ」

「ふふふ、それだとずっと入院することになりますよ?」

「でも朱希ちゃんがお世話してくれるんでしょ?」

「もちろん、喜んで。」

「じゃあ問題ないわ。」

「…ふふ、あはははは…」

「…ふ、ふふふ…あははは…」


2人で、なんだか可笑しくて笑いあった。


何だか、よく考えたら変な組み合わせなのに。


三十路手前のOLに、女子高生。


倍も歳が違うのに、なぜか一緒に笑い合う、そんな仲になっていることが、すごく嬉しくて、幸せだと思った。


「―さ、そろそろ行きましょう?父と母には話してあるので、ギプスが取れるまで家でお世話させてください」

「え?そ、それはさすがに悪いわよ!そりゃ会社はその方が近いけど…」

「いいんです!それとも…詩音さんは嫌ですか…?」

「―も、もう!そんな顔で言われると断れないじゃない!」

「ふふ、詩音さんのマネをしてみたんです。成功ですね」

「も、もうこの子は!」

「あははは…さ、行きましょ?」

「もう…うん」


朱希ちゃんの、その横顔がすごく綺麗で…。

2人で並んで歩いていると、ふと実感した。


―私、この子を…


同性の、年下の女の子。

私の中で、彼女に対する気持ちは、どんどん大きくなっていく。


ぎゅっと目を閉じ、胸に手を当て、ゆっくりとその思いを噛みしめる。

この感情が、何なのか。

予想はつくけど、そんなはずない、という気持ちと、

そうに違いない、という思いがぶつかり合う。


でも、とりあえず今は―

その思いを…大切に、大切にしようと、そう思った。

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