コドモはコドモのままで

 帰り道っていうのはなんともやるせなくなる。このままどこかにさまよって向けえればいいのに。それができない。僕には家がある。ライブハウスから徒歩で帰れる位置に僕の家はある。さあ、たばこでも吸ってみようか、と路上喫煙をするほどにはコドモじゃない僕は、だんだん気が抜けていくビールを少しずつ、少しずつ飲むしかできない。その気泡一つ一つが僕の夢だったり、希望だったり、そんな風に思う。泡沫のようにそれは弾けながら、僕は死にに向かっている。死ぬっていっても具体的に死ぬわけじゃない。毎日死ぬんだ。毎日僕は一人ひとり死んでいくんだ。妄想の話じゃない。そうだな、しいていえば哲学の話かもしれない。帰りたくない、帰りたくないと思うのとは裏腹に歩みは家へと向かっている。大人だからちゃんと死んでちゃんと生きる。そのために家に向かう。刹那、閃光。

「ねえ、ふらふら、何やってんの」

大原モトコ27歳。俺の3つ下の女の子。名前は古いが顔はまぶい。なんというかもはや俺の表現が古い。とにかくこいつはおれの人生にまとわりついてくるうっとおしいやつで、でも、だからおれの人生は少しだけデコレートされているのかもしれない。クリスマスに輝くもみの木のように。おれをデコレートしているのかもしれない。髪はセミロングで肩よりは少し長い。基本的に日本人きのままの黒が基本だけど。身長も理想的といえるだろう。だいたい157cmくらいか。一般的な身長のおれよりは15cm程度低い。コドモのまま大人になったような目をしている。胸もコドモのような…こいつはコドモなのかもしれない。でもこの子がなかなか結婚しないのは、おれみたいのにかまっているからだろう。もう、いいのに。何もおれにはないのに。

「何もしてないよ。家に帰るだけさ」

「でも君は外にでてきたわけでしょ。家に帰るってことは何かをしにいっていたわけだ。何をしにいってきたの?」

「何もないよ」

小さな嘘をついた。バンドを見に行って、すっかりバンドマンの蚊帳の外で生きている自分がかっこわるいような気がして、その事実をいうのが嫌になっていた。

「何もないってことはお散歩?」

この子のこういうところが好きだ。根掘り葉掘り聞かない。聞く発想がないノータリンなのか、それともあえて話をそらしてくれるマリアなのかはわからない。

「そうだね」と僕は言った。

「そうか、そうか。君は少し寂しくて、何かが何かを変えてくれるんじゃないかって、ごく少量の旅にでたわけだ。そこで私に出会ったわけだ。喜ぶがいい、私が近くまで送ってあげるよ。それってもうドラマティックでしょ」

家に帰るという日常に、少しだけ彩を添えて。この子のイロは何イロだろう。

でもいいんだ。僕はもうすっかり1人で生きるんだ。忘れちゃえよ。何もいらないんだ。ドラマティックなんて嘘っぱちさ。

「いいよ、一人で帰るよ。そんなのはドラマティックじゃない。まったく違う。君はなにもわかっていないんだ。」

駄々っ子のように。

「君もあいつらのライブ見に行っていただろう。俺も知ってるさ。それで浮いた感じで一人でさっさとでてきたおれをなんとなく気になって追いかけたんだろう。見下すのはよせよ。戻ればいいじゃないか。お前には居場所はあるよ。おれにはもう何もないんだよ。いやだよ。やめてくれよ。同情はよせよ。」

「まあ、そういうなって。ビール少しわけてよ。」

希望が抜けた飲み口に…希望。

「やっぱりあんまりおいしくないね、これ」

やっぱり君はコドモだったのかもしれない、再考。

「ちゅ…チューハイくらいだったら買ってやってもいいよ。」

「お、わかってるね。あれがいいな、ホワイトサワーみたいなやつ。おいしいやつ」

ビールもおいしいけれど、おいしさの主観。この町はもうなんでも知っている。コンビニは家とは逆の方向さ。でも行くんだ。まだ今日は死んじゃいない。彼女がちゃんとついてきているか、後ろをたまに確認する。猫のように、たまに寄り道をする。でもちゃんとついてきている。ちゃんと今日も死ににいかなきゃ。明日生きるために。僕は今日この子とセックスをする。

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