バンドやってた頃の友達

 そうしてまた目覚めるんだ。朝はいつでもやってくる。お酒は弱くないほうだと思っていたけれど。ストロング缶5缶はさすがに響く。悪酔いってやつだ。ああ、こんな朝でも、こんな朝だからいつもよりしゃきっと会社に向かおうとしてしまう。すっかりサラリーマン。モーニングルーティーンなんてものが世の中では流行っているらしい。世の中の流れにさからわないならば、僕のモーニングルーティーンは起き抜けにたばこを吸いながらモーニングワイドショーを点けて、濃いめのカフェオレを飲んで、そしてまたたばこを吸って。なんの面白味もない。そして着替えて、たまにその前にマウスウォッシュをして、家を出る。ゴミは昨晩だすことにしている。朝にいろいろタスクが詰め込まれるっていうのは僕にとっては不快でならない。朝の押しつぶされない程度には混んだ電車の車内では気休めに英語学習のアプリを5分程度,読書を5分程度して会社へ到着する。その行動が別に偉いとはもう思わない。ただなんとなく、そうすることで自己肯定感を増そうとか、その程度の、なんだ、嗜みってやつなのかもしれない。仕事はそつなくできるんだ。もともとの気性の荒さ故にぶつかることも多々あるけれど、それなりに収める。30歳なりの収め方をする。大人になった。大人になってしまった。たまにぶつかるときには少しワクワク、ゾクゾクする。悩みながらも、この後にどんなドラマが待っているんだろうって思う。大概は大した盛り上がりを見せず終わる。僕はドラマを待っていたのに。自分が悪役でもいいから、もっと昂らせてほしいのに。ああ、よい会社に勤められたと思うさ。たまたま、ラッキーだった。面接官が元タレント志望で、僕がバンドやってたって話を興味深く聞いてくれた。どこかしらのシンパシーがあったのかもしれない。なかったのかもしれない。思い上がりかもしれない。でもそんなことはさして大事ではなくて、ほどほどに幸せな会社に奉公できてそれなりに満足しています。これでいいのかって思う。こんな満足でよいのかって思う。まあ、良いんだろう。そんなもんなんだろう。人生。

 そつなく仕事を終えて、朝来たのと同じ喫煙所で一服する。業後のたばこはことさらうまい。ニコチンが頭に染み渡る。スマホに目を落とす。大して予定も入ることのない僕のカレンダーには、それでもたまに予定が入る。鬱陶しくも愛おしい。ライブの予定。ライブっていっても好きなバンドのライブとかじゃあない。旧友だったり、知り合いだったり、バンドやってた頃の友達。こいつらに3000円の価値があるのかって思う。3000円あったら何ができよう。それに僕はうるさい中でぼーっと音楽聞きながら立っているというのがどうにも性に合わない。それなのにバンドで売れようなんて若かりし頃は思っていたんだから、なんてばからしい。地元の後輩のライブ。東京に遠征だってさ。下北沢。ああ自分の青春が詰まった街。とはいってもバンドしたり、ゲームセンターでゾンビ打ったり、それくらいしかしていないんだけど。物の試しにいってみようか。何か、見つかるかもしれない。淡い希望。淡すぎるんだ。それは。何も解決しやしないのに。

 ライブハウスはいつでもライブハウスだ。そして下北沢にはライブハウスが多い。これだけ多いんだから、どこが閉店になるだの、なんだのって、この感染症がはびこる世の中じゃあ当然だと思う。駅について一服。一服しかしてねえな。このやろう。時間が迫っているので短めに終えて向かった。ライブハウスは思ったよりちゃんとやっていた。どうやら入るのに並ばなくてはならないらしい。こちとらゲストで呼ばれているんだよって大御所ぶりたくなる気持ちを抑えてきっちり並ぶ。大人だから。そして大御所なんかじゃないから。順番が来た頃にはもう帰りたくなっていた。

「ゲストで、1枚、××で、予約とっていると思うんですけど…。」

「ん、あれ?ゲストで、入ってないですね。」

どうやら僕はすべてになめられているらしい。しぶしぶ料金を払う大人を見せつけてライブハウスへ入場する。どうやら今日は5バンドのブッキングらしい。「SOWASOWA」とかよくわかんねーバンドの復活イベントらしい。友人(?)のバンドは交流があったらしくて、北海道からわざわざ呼ばれて遠征できているらしい。よくわかんねーよ。知らねーよ。お前らのことなんて、おれは1mmも知っちゃいないんだよ。おれだって本当はそっちで演奏してる人間なんだよ。お前ら、なんだよ偉そうに。じゃかじゃかと演奏したり、メインバンドとの思いでを話したりしている。寒いよ。やめてくれよ。恥ずかしいよ。共感性羞恥なのかもしれない。わからない。でも彼らのことをまっすぐにみていることはできなかった。やっている音楽はそこそこに良い。東京はすごい。アンダーグラウンドなバンドでも、大概、そこそこに良い。自分の交流がある部分がそこそこに良いのか、それとも東京のレベルが高いのかはわからないが、少なくとも地下で会うバンドはどれもそこそこに良かった。そこそこってのがミソでそこそこだから売れないのかもしれない。でも演奏なんて大してうまくなくても売れたりしているから、バンドで売れるのにうまさってのはそれほど必要じゃないんだろうなって思う。友人(?)のバンドはそこそこでもなかった、微妙だった。なんだか、勢い任せだった。悲しかった。なんか違うなって思ってしまった。僕が大人になってしまったのか。君がいつまでも君のままなのか。友人の演奏は好きだった。でもほかのメンツは微妙だった。そもそもその友人(?)以外は仲良くないんだった。少しだけ、その友人(?)と目があった。わずかながらに、うれしく思った。嘘じゃないさ。それもそれでよいんだよ。そして、さあ、本域、「SOWASOWA」のメインアクト。キャッチーな音楽をキャッチーに女の子が歌う。バンドのなれそめとかを話してる、裏話とかを話している。正直寒い。知らない。でもメインアクトだからしょうがないのかもしれない。でもおれたちは!違ったぜ!寒くないように!なるべく!やったぜ!でも寒いくらいが気持ちよいのかもしれない。それくらいが売れそうになれるのかもしれない。一言だけで、まとめるなら、羨ましかった…!

君たちにはドラマがあった。友人(?)のバンドは飛行機が遅れたとかでぎりぎりについた。間に合わないかもしれなかったらしい。でも着いた。無理やりなお金を払って無理やりついた。かっこよかった。演奏はださかったけど、そこも含めて、かっこよかったさ。なんだか、つながりってこういうことなんだろうなって思った。そしてそのつながりの中に僕はいない。ライブハウスには僕の居場所はないんだ。ライブハウスってのは不思議な空間で、ステージに明かりがついている。でも客席とは明確に隔てられているけれど、良いライブってのはだんだん人がそのステージに引き込まれるような一体感がある。でも、気づいてしまった。最後の曲の後のアンコールで、冷めてしまった。僕は違う。羨ましいと思えど彼らに引き込まれはしないし、俺は60人くらいのその箱で一人ぼっちだ。地上にとぼとぼと戻る。義理の3000円。一人だということに気づくための3000円。帰りは200円のビールを買った。3200円分のビールだと思い込んで流し込んだ。高級ビール。苦味が少しだけ、強く感じる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る