死ぬのが怖くなると死にたくなっちゃうんだよな

 渦を巻いた思考は、ストロング缶でとろけ切った脳みそは風景をゆがめる。絵具にでたらめな色をたらしてかきまぜたようになる。ぐるぐるがぐるぐるになり切ったころにやつはやってきたんだ。上下黒のスーツに白のワイシャツ。黒のサングラス。SPさながらの様子のトム。銃でも取り出してきそうな彼は僕にいったんだ。

「なあ君は何がしたいんだ」

「何もしたくないさ、でも今だったら何者かになれるかもって思っているんだ」

そう、そんな夢をみていたんだ。自分だけは違うって思っていた。自意識の歪みに取り残されている。トムはあきれたように僕を見ていう。

「何者?って君は君でしかないじゃないか。今日だって、明日だって、ずっとそうさ。今までも、これからも」

これからなんてあるんだろうか。今まではともかくとして、これからなんて僕にあるんだろうか。明日の僕は僕でないのかもしれない。トムは続ける。

「僕は君のすべてを知っている。考えていることもわかる。君が見えないようにしていることもわかる。でも言わない。」

「ところでなんで君は日本語をしゃべるんだい?」

「君は僕で僕は君だからさ」

ああ、どこかの漫画で見たようなやり取り。そう、僕の中にある僕の景色だからそれはそうなるんだろうな。

トムはいつのまにやら左手にギターを持っていた。ネックの部分をわし、とつかんでいた。

「ギターの持ち方はそうじゃないよ」

「持ち方なんて関係ないさ。大事なのは何が見えているかってことなんだよ」

わけのわからないことをいう。

「君はギターが見えているんだろう?君が欲しいのはこのギターかい?」

違う。

「それとも右手に持ったこのスティックかい?」

違う…と言い切れないが違う。でもドラムは好きだ。

「それともお胸の大きいこの子かい?」

顔がぐにゃあと変化して、僕が少し顔が好きだと思っている人の顔になる。寄生獣もびっくりのトランスフォーム。そうあの子といったら性格が最悪なんだ。なんなら災厄なんだ。

「違う」

「何もかも違うって、君はいったい何がしたいんだ。」

ぐにゃりと元のSPのトムに戻る。

「トム、僕は平凡にすごしたいんだ!どこかにいってくれ」

「それが君の望みかい?…わかった。でも君とはまた、どこかで会う気がする」

そういって砂がほどけていくように、トムは消えた。

ああ嫌だ。ストロング缶の4本目が残ったままだ。飲み切れないぬるくなったそれは質の悪いアルコール。翌日具合悪くなることがわかっていながら、なんとか飲み干したくなってしまう。嫌な几帳面さだよまったく。

ところで僕が欲しいものはなんなのだろう。人間の欲望は際限がない。きっとどれだけ満足しても何かを必要とし続けるのだろう。ああ、死ぬまでこうなのだろうか。いっそ死んでしまいたい…なんてことは思わない。死んでしまったら、終わりだ。すべて消えてしまう。なくなってしまう。死んじゃだめだ。なんなら生きろ。100歳まで生きろ。死んだら悲しい。そして死ぬときはきっと痛い。自然死でもない限り、なんなら自然死でも痛いのかもしれない。でもどこかで調べたけれど、死ぬときっていうのは、それはもう、とんでもなく気持ちいいらしい。ドーパミン的な何かがどばどばっと大量放出されるらしい。でもその学者はどうしてそんなことを知っているのだろう。死んだのだろうか。そんなはずはない。学者は学者だ、生きているから発表できたんだ。結局死ぬときのことは死ぬときの人しかわからない。だから渇望する。生きていることがリアルすぎると、死んでしまいたくなってしまうのかもしれない。確かめたくなってしまうんだろうな。でも、ごめん、おれは100歳まで生きるよ。トムは死んでしまったのだろうか。でもトムは空想上の存在だから、死んだとかそういうことはないと思う。それであれば雑に死んだあの子も空想上の何かだったということにすれば、そういうことはないのかもしれない。そんなこたあどうでもいい。100歳まで生きるという体裁で生きていく。肝臓が悪いからせいぜい80歳くらいのような気もするけれど。4缶目は飲み干せないまま、景色が落ちていく。

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