135 約束③

『玉響のよしみで今回は助けてやったが、いつも力を貸してもらえると思うな。精霊にも様々なやつがいる。俺は人間が好きでも嫌いでもない。宝玉をお前に渡した玉響の意思は尊重するが』


 そこで言葉をいったん切ると、湖の主は深く沈み込んだ。そして頭部のてっぺんについたふたつの目玉を突きつけて、赤銅色の光彩に浮かぶ横長の瞳孔に夜風を捉える。


『心変わりした暁には、お前を海に沈めその宝玉を取り上げる』


 そう言うや否や、巨大カエルは大きな口を開けて泡ごと夜風を食べた。


「え」


 再びなにも見えなくなり夜風が思わず泡に手をついた瞬間、深淵の中から薄桃色のものがあっという間に迫りバチンッと泡を弾いた。

 夜風は膜に鼻をぶつけ転げる。カエルの舌に押し上げられて、泡は急速に水面を目指し上昇しているようだった。


『ああ、それと。湖の上で騒ぐのはいい加減やめろと連中に伝えてくれ』


 ゆっくり昼寝もできん。欠伸混じりのカエルの声が闇に溶けて消えた時、頭上から光が差した。ゆらゆらと煌めく金と茜色の窓から光の帯が垂れ下がり、夜風に向かって降り注ぐ。

 その中を優美なひれを踊らせて舞う影が見えた。


「玉響さん……!?」


 くすくすと貝がらが触れ合うような笑い声が夜風を呼ぶ。夜風はまぶしい光に目を細めながらも懸命に手を伸ばした。


「私、忘れません。あなたが教えてくれた愛を。いつだってあなたの友だと胸を張っていたいから」


 それに、この愛で守ってあげたい人がいるの。


「夜風……!」


 水面に出ると同時に泡が弾け、無垢な笑い声も遠のいていく。

 伸ばした手はまたしても届かず、虚空を掻いて終わったかと思えた。しかし、下がりかけた夜風の手を確かなぬくもりが受けとめる。

 真っ赤な夕陽色に髪を染め、夜風を見下ろす銀河の姿があった。


「銀河、さん……」


 銀河はビク丸の背に乗っていた。津波が引いてすぐに湖の中を探しに来てくれたんだと知る。だとしたら、水中から仰ぎ見た影は玉響ではなく、ビク丸のものだったのか。

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