134 約束②
夜風は湖からあふれた水が岸辺の砂利も芝も、深いやぶも呑み込んでいく様を目の当たりにする。泡にくるまれた銀河の姿が見えない。三匹の野犬も成す術なく波に沈んだようだ。
もしかしたらビク丸ちゃんひとりなら、この荒波の中でも泳いでいけるかもしれない。
そう思い夜風は、ビク丸の首に回していた手を離した。
『夜風!? ダメだよ、いっしょに……』
水を打つ音にビク丸の声は掻き消される。玉響が託してくれた友の証だけは見失わないように、両手で握り締め深く息を吸った夜風もまた波に呑まれた。
冷たい暗闇の中をどんどん沈んでいった気がする。肌にぶつかる水流の勢いがひどくて、夜風の体は糸の切れたカイトのようにぐるぐるとなぶられていく。
やがて光も差さない水底に放り出された。
『やれやれ。宝玉を渡すのは構わんが、こっちにまでめんどうをかけんでくれよ』
誰かの疲れがにじんだぼやきが聞こえた。すぐそこで水の動く気配がする。夜風のまぶたはぴくりと反応したが、魚が水を掻いた程度ではない大きな揺らぎに怯んだ。
巨大ななにかが目の前にいて夜風をひたと見つめている。
『ああ。息を吸え。目を開けろ。その泡の中にいれば地上と同じように過ごせる』
泡と聞いて夜風は銀河を野犬から守ってくれた虹色の泡を思い出した。危ないところを助けてくれたのだ。悪い力ではないと信じて、夜風はそろそろと呼吸してみる。
苦しくない。いつの間にか水の感触が消えている。
思いきって目を開けた。しかしあたりは真っ暗だ。泡のほのかな光と〈人魚の涙〉のお陰で手元は見えるが、膜の向こうにはなにも映らない。
『人間よく聞け。一度しか言わんぞ』
そこへ突然、目の前に青い輪がいくつも浮かび上がり夜風は小さく悲鳴を上げた。今どこかから出てきたのではない。ずっとそこにいたのだ。あまりにも闇が深くて数メートル先も見えていないことに気づき、夜風はつばを飲む。
「あなたは湖のヌシですね」
この鮮やかな青い輪っか模様には見覚えがあった。朝陽が縄張り内でちょっかいをかけて怒らせた湖の主・巨大カエルのものだ。黄色い斑模様の周りを、この青色が縁取っていた。
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