133 約束①

 短い号令が下される。

 まさかと見開いた銀河の目に、新たに飛び出してきた毒狼の牙が生暖かい吐息とともに襲いかかる光景が映り込んだ。


「だめえええっ!」




 魚たちが夜風とビク丸を連れてきたのは、朝陽とデートで訪れた実動隊の訓練場にもなっている湖だった。狭い河口の手前で別れた魚たちに礼を言って、夜風はビク丸と先を急ぐ。

 背の高いやぶが視界を遮る中分け進み、そうして開けた湖に出た瞬間荒々しい野犬の声がした。目を見張った夜風が見たものは、今にも銀河に食いつこうとする三匹の野犬の姿だった。


「だめえええっ!」


 白く焼けていく脳裏の片隅で、血に濡れた玉響の遺体が過った時だった。

 足のつけ根に鼓動のような震えを感じた。そこにあるのはポケットに入れた〈人魚の涙〉だと気づいた夜風を中心にして、なにか白いもやのようなものが波打ち、広がっていく。

 それが湖に到達した瞬間、もやは波となってはっきりと実体を現し、大群の小魚が跳ね泳ぐように水面を奏でた。

 すると突如として、銀河の体がほんのり虹色に輝く泡に包まれる。触れれば割れてしまいそうな儚い光はしかし、獣たちの毒牙を拒絶して弾いた。

 地面に転がり落ちた野犬を見て驚き、振り返った銀河と夜風の視線が絡む。


『あれれ!? なんかまずいかも!』


 ビク丸の慌てた声に目を向けると、湖の水がなぜか急激に引きはじめていた。ビク丸は懸命にひれを掻き、頭を振って水の流れに逆らおうとするもちっとも進まない。それどころかどんどん湖の中央へ引きずり込まれていく。


「ビク丸ちゃん……!」


 夜風はとっさに最初に震動を感じた〈人魚の涙〉を取り出した。さざ波の音を立てて、宝玉の表面はまるで水の惑星のように波紋を浮かび上がらせている。

 それを胸にぎゅうと握り込み、心の中で玉響に呼びかけた。

 その瞬間湖は弾けた。数十メートルの黒い壁となり夕空をいた水に、夜風とビク丸は宙へ吹き飛ばされる。風のゴオッとうなる声が鼓膜を叩き、せつなの静寂を合図にして落下へと転じた。

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