132 交わることのない想い③

 堪らずといった体で獣は顔を振り乱し、地面に倒れてのた打ち回る。じきに気を失うはずだ。

 電流の効き具合を横目で確認しながら銀河は、前方に向けて大きく飛び込んだ。その足先を左から回ってきた毒狼の牙がかすめる。

 前転し、足が地面を掴むと同時に身をひねって銃を構える。が、思ったよりも速く毒狼は攻撃に転じていた。みるみる迫る牙に銀河は夢中で引き鉄を絞る。

 だが弾は三つに分かれたうちのひとつが、毒狼の豊かな首の毛に引っかかっただけだった。焦りから照準がずれた上に十分な引きつけができず、電流弾が獣の体まで届いていない。

 バチバチと瞬く青電せいでんをものともせず、毒狼は血走る目をかっ開き、頭部から背中を矢のようにまっすぐにして飛んでくる。

 銀河は舌打ちし、すんでのところで左へ避けた。しかし爪が当たったか、布の裂ける悲鳴を耳にする。

 脇腹の鈍痛を気にしている余裕はなかった。毒狼の爪が地面を掻く音を聞きながら銀河は走り出す。

 ショック銃の装填数は二発だ。距離を取って弾を込めなければ反撃に移れない。

 その時銀河は男の不審な動きに気づいた。こちらを警戒しつつ、そろそろとあとずさっていく。逃げるつもりだ。

 男が旧市街島まで掘り進めた穴に入られてはまた見失う。これだけの労力と野犬の交配を可能にした背後関係を洗い出さなければ、何度でも同じ悲劇がくり返される。


「くそ……!」


 悲しい顔なんて見たくなかった。できれば野犬の怖さも知らず、代わり映えのない日常の中で笑っていて欲しかったんだ。


「くそおっ!」


 もう見たくない。

 夜風、お前の涙だけは。

 銀河は歯を食い縛り、身をひるがえして力の限り地を蹴った。びくりと肩を震わせ本気で逃げを打つ男に向かい、一直線に迫る。背後から着実に距離を詰めてくる獣の息遣いを感じたが、どうでもよかった。

 朽ちた流木を踏みきり、背の高いやぶの中へ分け入ろうとしている男に手を伸ばす。しかしその瞬間、男の口端には確かに笑みが浮かんだ。


「行け」

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