129 ひとりじゃない④

 夜風は思わず自分の耳を押さえてすっとんきょうな声を上げる。それをビク丸は無邪気に笑っておもしろがった。その笑い声もいつもの「ミーミー」ではない。変声期を迎える前の男の子の声で、鈴が転がるように笑ったのだ。


『それ。〈人魚の涙〉。人魚と友だちの証だよ。だから人魚の友だちの僕たちとも友だちだし、海のいろんな仲間とも友だちってこと。友だちなら喋れるなんて当たり前だよ!』


 ねー、と言いながらビク丸が前ひれを上げると数匹の魚が弧を描いて跳ねた。黄色い体色と、背筋に紫の反射板のようなウロコを持った鮮やかな魚たちは、次々と集まってくる。

 そしてビク丸の前で群をなし、まるで先導するように泳ぎはじめた。

 海面に差し込む夕陽を反射板のウロコが弾いてキラキラと光る。


「不思議……。でもなんだかわくわくする」

『ふふっ。夜風ならそう言ってくれると思った。僕もわくわくしてるよ! だって夜風とお喋りできたらいいなって思ってたんだ!』

「ありがとう。ビク丸ちゃん」


 夜風は両手に持った〈人魚の涙〉を胸にあて、そっと目を閉じた。そして心の中で玉響にも礼を言う。

 友の証としてだけでなく、下宿にひとり残された夜風が寂しくないようにと新しい友だちを連れてきてくれたのではないかと思った。

 夜風は瑠璃の宝玉を大切にズボンのポケットにしまい込み、ビク丸の手綱の留め具を外す。首を軽く振るビク丸の毛並みに跡がついているのを見つけて、ていねいになで整えていく。

 ビク丸はお返しに夜風の頬に親愛のキスを落とした。




 その男はビクフィファーム島北東部に広がる湧水の湖のほとりに佇んでいた。写真だろうか、手には一枚の紙片を持ち瞬きもせずに見つめている。

 ショック銃の安全装置を外し、ボルトを引いて弾を装填した銀河にもはや隠密に忍び寄る考えはなかった。実動隊の演習に使われるだだっ広い湖だ。元より身を潜ませる場所もなければ、相手もとうに気づいている。

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