126 ひとりじゃない①

『夜風。命は巡るものよ。精霊も人も、星に還りそしてまた生まれる。きっとまた会えるわ。その日まで、それを持っていて』


 突如、トンネルの奥から突風が吹きつけ、水路を流れる水面がさざめき立った。白い光の人魚はその白波とたわむれるように身をひるがえし、風に乗って空へ泳いでいく。

 外の夕陽に照らされた瞬間、人魚は光に溶けて見えなくなった。

 あとには虚空に手を伸ばしたまま座り込む夜風だけが取り残される。手にはいつの間にか、玉響が〈人魚の涙〉と呼んでいた瑠璃の宝玉が握られていた。


「えーんっ。えーんっ」


 どこからか赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。


「……命は、巡る」


 夜風は宝玉を握り締めて立ち上がり、水路を出た。外の強い西日に目を細めつつも、迷いなく沈みかける夕陽に向かって歩いていく。

 中ノ島へ渡る橋の下を潜り抜けて、ひとつ目の水路の入口を脇目も振らず通り過ぎ、そして見えてきた少し天井の低い水路の前で立ち止まった。

 中から水音に混じってかすかにすすり泣く声がする。引き寄せられるように夜風は薄闇へ踏み込み、壁にもたれてうずくまる母親とその腰にしがみつく少女を見つけた。

 砂利を踏み締め片ひざついた夜風に、少女が先に顔を起こし怯えた目で見つめてくる。


「遅くなってすみません。私はローレライ治癒団の夜風です。あなたたちを助けにきました」


 母親は悪い夢から覚めたように体をびくつかせ、我が子を引き寄せながら夜風に目を向ける。その視線が夜風の髪に留まったかと思うと、大きく胸を上下させ深い安堵の息をついた。


「ああ、よかった。あなたが玉響さんのお友だちですね……!」


 うっすらと目に涙を浮かべる母親の腕の中で、白い布にくるまれたものがもぞりと動く。隙間から涙の跡が残る赤ん坊の顔が覗いた。

 瞬きすると目頭からひと筋の涙をこぼしたが、母親の愛によく守られていたのだろう顔の血色はよく、頬を赤らめている。

 夜風は人さし指でそっと涙を拭ってやりながら微笑みかけた。


「ありがとう。あなたの声、ちゃんと聞こえたよ」

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