123 瑠璃の宝玉①

『この玉はね、私の結晶体から作った宝玉よ。人間は〈人魚の涙〉と呼んでいたかしら』

「ま、待ってください。結晶体ってあなたは……!」


 玉響の声はくすりと笑みを転がした。


『そう。私は人魚よ。ずうっと昔、人間の男の子に恋してこのアクレンツェに来たの』

「そ、んな。それじゃあ私は……」


 夜風は両手にはめた指輪を呆然と見つめ、すぐ外しにかかった。けれども手が震えて力が入らず、言うことを聞かない。

 魔装具は精霊の結晶体――亡骸から造られる。中でも治癒魔装具に使われている結晶は、夜風がはめているものは、人魚の遺体だ。

 夜風は次第に息が深く吸えなくなった。足りない酸素を求めて必死に息継ぎをくり返しても、ちっとも楽になれない。

 苦しい。どうして、指輪を掴むこともできないのよ。

 冷たい青の光が近づいてくる気配を感じて、夜風はとっさに両手を背中に隠し目をきつく閉じた。


「ごめんなさい……!」

『謝らなくていいのよ。ほら、ゆっくり息をして』


 額にこつんとなにかが触れた。まぶた越しに青い光が透かし見えて、砂をさらっていくおだやかな波の音が流れ込んでくる。引いては寄せていくその調べに導かれて、夜風は呼吸の仕方を思い出す。

 そのまま聞いて。響いた声は夢のようにやさしく美しい。


『人間が生まれる遥か昔、この世界は精霊たちで満ちていたの。山も海も空も、今よりずっと豊かに輝いてとても澄んでいたのよ』


 でもね、とまぶたに感じる光が暗くなる。どこかで泡の弾ける音がした。


『精霊たちは増え過ぎた。あちこちで小さないさかいが起こり、やがてそれが大きな争いになったの。今、人間たちが掘り起こしているのは戦乱時代の精霊たちね』


 人間たち、と言った玉響のはっきりと線を引く言葉に夜風の心はひくりと震える。精霊とは思考までお見通しなのか、額に寄り添う宝玉はなだめるようにもう一度トンッとぶつかって明るい青をまとった。

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