121 暗いトンネル②
ハッと息を呑みなにかに気づいた銀河の手が後ろから手綱を引いた。それを嫌がったビク丸は大きく体を横に振った。ビク丸の頭が視界外へと消え、通路に横たわる影と夜風とを遮るものはなくなる。
自分の中で、見るな! と声が響いている。けれども、そうじゃない、違うと否定する吐息が唇の隙間から聞こえてきて、夜風はそれにすがった。
血のにおいがした。横たわるものの表面はてらてらと濡れていた。紺色のロングスカートから白い足が投げ出されている。その脇にはくしゃくしゃに丸まったなにがかあった。
ところどころ赤黒く汚れたそれは、暖色系のタータンチェック柄だ。玉響のエプロンと頭巾と同じ柄。
「玉、響さん?」
夜風は立ち上がろうとして足を滑らせ水路に落ちた。しかし水位は浅く、そのまま構わず通路に這い上がる。ショートカットの白髪もまぶたを閉じた顔もきれいだった。眠っているだけだと言われても疑わない。
「玉響さん」
しかし呼びかけに老婦人は応えない。毎日水畑いじりする働き者の手は氷のように冷たい。首から肩、そして胸元をべったりと汚す赤が玉響の絶命を物語っていた。
「だ、だいじょうぶ。私が来ましたから。治療しますね、玉響さん」
脈を感じない手首に触れながら、夜風は出血元と見られる首に治癒の指輪をはめた手をかさず。人魚の結晶体が光りはじめると玉響の体から奇妙な、しかし確かな手応えを感じ、夜風の笑みが青の輝きに照らされる。
「ああ、ほらやっぱり。生きてる。まだ助かる」
「夜風」
「心配しないでください、銀河さん。私がきっと助けますから」
「夜風、もういい」
「なに言ってるんですか。玉響さんはまだ生――」
青白い玉響の顔を覆い隠す手がせつな見えた。あとはすべて暗闇の中、夜風は後ろから回ったぬくもりに引き寄せられ、崩れた体をそっと受けとめられる。
その時とっさに地面についた手からツキンと痛みが走り、断絶した回路を繋ぎ合わせた。
「ああああああっ!」
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